沼田は北関東の沼田盆地の中心地、

鎌倉時代から沼田太郎が付近一帯を治めていたという。

かつては真田十勇士で一世を風靡した真田昌幸が治めた

城下町でもあるのです。

アタシも若い頃から上毛の山を訪ねたり、

日光から金精峠を越えたり、

赤城山を越えた時など必ず沼田の町を訪ねたものでした。

以前からその沼田で素晴らしい祭りが続いていると聞いていた

のですが、なかなかその機会に恵まれなかったのです。

どこの祭りに出かけようかと思案していたところ、

列車でなら行けると考えたのは、つい先日高崎の祭りを見に来た時に、

高崎から45分くらいで沼田まで行かれることを知ったからなんですね。

いつもの通り大宮駅前に車を預け、高崎線で一路高崎駅へ、

ところが、高崎から先は上越線で三十分に一本しか列車は走らないのですよ、

高崎駅で三十分待ち、結局沼田駅まで2時間半の列車旅とあいなりました。

アタシの旅は、今までほとんど車を自分で運転することが多く、

列車の旅は滅多にしませんでした、ところが最近列車旅に目覚めましてね、

車旅は確かに便利で自由なんですが、どうも旅というのは不便で思う通りに

いかない方が面白いと気が付いたのですよ。

沼田の駅を降りると、駅前は閑散としていて祭りのマの字もありませんでね、

そうだ、帰りの列車の時刻を確かめておこうと時刻表を見ると、

上り列車は夕方6:58に出てしまうと次は8:32まで無いのです、

8:32に乗り遅れると次は本日の最終列車、これはえらいこった、

夢中でお祭りにのめり込んでいると本日中に東京へ帰れないということじゃ

ないですか。

(大天狗神輿)

時間を確かめながら歩き出す、

確か城下町沼田は坂の上の旧市街地だったことを思い出しました、

いつも車でばかり移動していると町の地形というものに意識がいかないのです

車ならわけない距離も真夏の西日を浴びながらえっちらおっちらと坂道を

登り続けると身体中から汗が吹き出し、その急坂ぶりに祭りより先に

度肝をぬかれちまいました。

(神輿が出輿した後は静かな須賀神社)

やっとのことで上之町へやってくると、丁度大天狗神輿の初輿式が

はじまるところ、迦葉山には何度かいったことがありましたが、

沼田はまさに天狗様の町でもあったのですね。

その大天狗神輿を担ぐのはすべて女衆、先導する大天狗太鼓も逞しくも

女性ばかりでありますよ、

いよいよお神酒が配られ飲み干すと、さあ、大太鼓が鳴り響き

踊りが始まる、

「それっ!」

と掛け声がかかると大天狗様が一気に差し上げられたのです。

(男衆が担ぐ須賀神社宮神輿)

音頭も指揮を取るのも女性、男衆は警護役で神輿には触らせて

もらえないとのこと、さすがは空っ風とカカア殿下の町ですよ

「ワッショイ ワッショイ!」

二基の大天狗神輿が町を行く。

さて男衆はと須賀神社へ来てみると、すでに宮神輿は町を練り歩いて

いるとのこと、再び本町へ戻ると古式ゆかしい宮神輿に遭遇できましたよ、

これから氏子町内を渡御するというので後ろをついていくと

先ほどの大天狗神輿がやってくるではないですか、

どうみても、勢いも気勢も女性群に軍配が上がりそうな状況に

みんな嬉しそうなんですね。

さて屋台の姿を探すと、あちらでもこちらでもお囃子が響き

渡っておりますよ、

屋台の上には人形が乗せられている、

古老にお訊ねすると、

「昔はネ、毎年人形を取り替えたんです、今年はどんな

 人形がのるのか楽しみだったんですよ」

なるほど、大抵の祭りの屋台の上には、神様がのるものですが

沼田では、歌舞伎役者の「暫」だったり、「弁慶」があり、

「小鍛冶」、「小松姫」、「鏡獅子」などとなかなか粋で

楽しいものですな。

沼田祇園のお囃子は、意外にもゆったりとしたもので、

鉦の響きがどこか京都の祇園祭りを思わせるものですね、

そのゆったりとした祇園囃子を聴きながらあっちの町内、

こっちの町内とほっつき歩いているうちに時計を見ると

もう八時を回っているではないですか、

これから佳境にはいるという祭りに後ろ髪引かれながら

駅への坂道を飛ぶように下っていくのでした。

なんとか8:32の列車に間に合いました、

もうヘトヘトに疲れ切って、列車の中ではぐっすりと

寝込んでおりました。

いやいや、祭り旅は列車に限りますな、

これから東京まで車を運転していくなんてとても

考えたくありませんですよ。

沼田祇園祭り(おぎょん)は一度訪ねたくらいではその魅力の

ほんのさわりを見せていただいたのでしょう、