今年の最後の旅は 冬の海で終わりたかった、

もう何度も訪ねたあの布良の海、

いつ訪ねても、変わらぬ姿で迎えてくれる、

うつぼ漁のオヤジさんは元気だろうか、

布良星伝説を語ってくれたあの女人は今も

遠くの海を見つめているのだろうか、

いつだったか

「駒ケ崎神社の鳥居の下に立ってみるといいよ」

老人はそう教えてくれた、

大島が思った以上にに近くに見えるから、

暗くなりかけた電柱に灯りが点る、

その遙か上に験がついている、

「オヤジさん、この験はなんだい」

「それか、元禄大地震の時に起きた津波の跡だ」

その高さは家並みの屋根を越えている。

三百年前に、この目と鼻の先で起こった大地震

(マグニチュード8.1と推定)を忘れないために

こうして今も験が附けられている、

「もし、大地震が起きたら・・・」

老人は後ろの山を指差した、

「あそこへ逃げるしかないな」

それは、初めてこの地にやってきた海人達が

最初に見ていたはずの男神山と女神山であった。

五年半前にもその大地震は起こった、

変わらないはずのこの海辺の集落にも、

はるか歴史の彼方から現代にまで

凄まじい自然の脅威が隠されているのです。

伊豆の天城山の向こうに陽が落ちていく、

うっすらと富士の姿が天空に浮かんだ。

聞こえてくるのは打ち寄せる波の音、

この港には千年の時の流れが、まるでそのままの姿で

残されているに違いない。

暮の海はやがて闇に閉ざされていく、

海の彼方から赤い光が瞬いた、

一瞬、布良星かと・・・

灯台の灯りだと判ったあとでも、あの布良星に違いないと

じっと一点を見つめていた。

海鳴りが人の声のように響いてくるのだから。