「あれ源さん こんな時間に素面でどうしたんだい」

「冗談じゃねいよ、昨日の大風で物干し台が壊れたから

 直してくれ、店の看板が曲がっちまったからちょいと

 お願い、折角の休みだってぇのにこの有様だい」

「滅多に仕事しないんだからたまには身体動かしても

 バチはあたらないだろうよ」

「忙しいんだ、暇人の相手なんかしてられねぃよ」

観音様に手を合わせると、せかせかと仕事先へ向かう源さんの

後姿がやけに楽しそうでしたね。

いくつになっても人の為に何かするてぇのは嬉しいもんなんですよ。

自分の為だったら、目の前にあるのに

「おい、そこの新聞」

って怒鳴ってるだけだもんね。

天気はいいし、顔色のいい源さんに出会ったし何だか気分がいいですな、

こんな日はゆっくり観音様にお参りしとかなきゃ、

そういえばこのところ路地裏ばかり眺めていたからな、

「えーっと、家内安全、交通安全、商売繁盛、病気平癒、それから・・・」

「オマエさん、百円(しゃくえん)でそんなに頼むのかい」

薄目を開けると観音様が呆れ顔、

別に恋愛成就だとか、安産祈願をお願いしたら、そりゃ

「この大馬鹿者!」と怒られましょうが、

至極当たり前のお願いをしたのですが、やっぱりひとつだけに

しとけばよかったかな、

本日は蝋燭に灯りをともしてお願いをしておりましたら、

若いカップルが

「ねえ、わたしたちもお願いしよう」

どうやら女性の方がお熱らしい、照れもあるのかいい男は

ひと目を気にしてうわのそら、

どうやら鼻から抜ける甘え声に、男はにっちもさっちもいかないらしい、

全てが女性主導のカップルは、そのまま気分良く戻るかと思えば

つかつかとおみくじの前へ、

「よした方がいいのにな」

と見守ってると、

ほら悪い札を引き当てちまったじゃないか、

うまく行ってる時は、おみくじは引くもんじゃないのにさ。

半べそかいた彼女に、半分呆れ顔の男、

さて、観音様はどんなお答えをなさるのか、

まあ、人の恋路を邪魔するとロクなことにならないのは

この歳になれば先刻承知、

あたしは何時もの浅草散歩に出かけますよ。

焼きたての人形焼きを頬張ると春の味がいたしましたよ。

仁王様の前で、呑んだくれオヤジが大イビキ、

やれやれ、浅草は天下泰平でございます。

浅草観音にて