一旦止んだ雨は夕暮れを待っていたかのように

路地を濡らし始めた。

「やけに冷えるな」

何もこんな寒い日にふらふら歩き廻るこたぁないか、

路地の四辻で振り向いたその時、

確かに足音がしていたはずなのに、その人は

闇の中に姿が消えた。

何時だったか銭湯吾妻湯の湯船で骨董の爺さんが

呟いていたことをふっと思い出したんです。

「この町にはヨ、冷たい雨の夕暮れになると

 雨の道ってェのが現れるんだ、けどよ、

 素人は間違ってもその道へへェっちゃならねェよ」

「本当にそんな道があるのかい」

「若いヤツには見えねェが、

 年寄りにだけははっきり見えるんだな」

おかしいな、何時も歩ってる道なのに、暗闇の方へ

向かっていくんですよ。

すると確かにもう一本道が見えてくるんですよ、

「なんだ、道が重なってるんだ」

いつもの道の上に、もうひとつ道があることが

わかるんですよ。

「これが骨董屋の爺さんの云ってた雨の道か・・・」

こんな冷たい雨の晩だもの、もう人なんか歩いちゃいないよ

と思っていると、笑い声を立てながら人が追い越していった、

「えっ!声だけ・・・」

少し腰をかがめて目を細めてみると、

雨の道が震えながらずーっと奥へ続いていた。

演芸ホールの前で人が躓いた

「あっ!大丈夫か」

あわてて近づくと、何事もなかったように

その人はスタスタと歩いて行ってしまった。

どうなってるんだ、

どうしてアタシにだけこんな風に見えるんだ、

とその時、誰かが肩をそっと叩いた、

「フフフ、あんたも雨の道が見えたらしいね」

風呂好きの骨董屋の爺さんだった、

「これって、爺の仲間入りしたってことですかね」

「これからは精々気をつけるこった、あの雨の道を歩いちまうと

もう戻れないからな」

浅草は享楽の巷ですがね、

冷たい雨の宵は霊気が漂う不思議町でも

あるのですよ。

年寄りは雨の夜道はくれぐれもご注意を・・・

なんだか寒気がしてまいりました、

いつもの蕎麦屋やで景気付けに熱い鍋焼きうどんでも

すすりますかね。