浅草から電車乗り継いで本日も赤羽へ、

そうですよ、源さんの大事な自転車をとってこないと

源さんの仕事に不都合がおきますからね。

赤羽駅の自転車置き場へ来てみれば、どうですかこの堂々たる姿、

ママチャリやMTBなど束になってかかったって、びくともしない

ツワモノの黒塗り自転車、そういえば、まだ学生だった大昔、

夏のアルバイトで氷屋の仕事をしたことがありましたが、

あの時の自転車と同じですよ。

そういえば自転車の記憶はいろいろありましてね、

橋の上から、自転車ごと川に落っこちた話とか、

大工さんの脇にサイドカーのついた自転車を乗り回して

カーブが曲がれなくて他人の家の塀を壊した話とか、

そうそう、あれは中学生の頃、そうですよ東京タワーが

丁度立ち上がった頃のこと、

親友三人でサイクリングへ行こうと約束の場所

(確か市ヶ谷あたりでしたね)へ、

大会社の社長の息子だったF君は、ピカピカの三段ギヤ付きの

サイクリング自転車、まだ誰も見たことの無いそれはそれは

素晴らしいものでしたね、

毎朝新聞配達してから学校へ通っていたM君は、その新聞配達に

使っている実用自転車を店から借りてやってきました、

クラスで前から二番目にちびだった私は、親父に無理やりお願いして

買ってもらった22インチの緑色の小ぶりの自転車です。

確か三人で行き先を決めたのは奥多摩だったと記憶して

いるのですが、

とりあえず、市ヶ谷の駅を西に向かって出発したのです。

新宿はまだ高層ビルなど無い時代、あっという間に通り過ぎて

青梅街道をひた走り、

最初は最新の三段ギア付きのサイクリング自転車のF君が先頭を

切っていましたが、やがて体力の無さが遅れ始めましてね、

重たい実用者のM君はさすがに毎朝の新聞配達で脚力抜群、

ぐんぐん差を開いて独走状態、私といえば、他の二人の26インチ

に比べ、22インチのタイヤは漕げども漕げどもスピードは上がらず、

大きく遅れてしまいますよ。

サイクリングというのは、皆で息を合わせて走るから楽しいのですが、

こうばらばらになってしまうと、興味は半減してしまいましてね、

確か立川あたりだったと想いますが、F君が

「もう止めないか・・・」

私は漕げども漕げども進まない小さな自転車に嫌気が差し

「帰ろうよ・・・」

M君だけは

「決めたことだから奥多摩まで行こう・・・」

確か川の土手に座って持ってきておにぎりを食べながら、

結局そこから戻ってきたのですが、三人とも黙ったままでした。

「ああ青春!」 でしたね。

あの時M君が乗ってきた実用車にいま半世紀の歳月を思い出しながら

のんびりとペタルを漕いでおりますよ。

自転車に乗っていると、また見えてくる景色が違いましてね、

荒川区小台銀座でひと休み、

下町商店街は自転車が主人公みたいに毎日のお使いに

幅を利かせておりますよ。

商店街の駐輪場へ自転車止めて相変わらずのぶらぶら散歩、

商店街の真ん中で目に付いたのが『ゆ』の看板、

「そうだ、ひとっ風呂浴びていくか」

散歩のおじさんは尻が軽いのが唯一の取り得、

横丁のご隠居さんみたいな爺様とお風呂談義を楽しんで、

グイッと飲んだフルーツ牛乳の旨いこと、はらわたに

染み透るのでありますよ。

さてと、身もこころもすっきりとして駐輪場へもどれば、

源さんの自転車が人待ち顔で待っておりましたよ。

さっそうと跨って、ふたたび隅田川の辺を浅草向けて

漕ぎ出せば、今日も見事な夕焼け小焼け、

いやいや、二日掛かりの隅田川行脚、

楽しかったですね。

「源さん、愛車ありがとさん」

途中で買ってきた一升瓶も一緒に手渡すと

「なんだよ、水くせいことすんなよ」

「いいんだ、この自転車の御蔭で

  たのしい二日だったからさ」

たまには自転車の旅もいいもんですよ。