「よう、冬太郎さんところの倅さんじゃないかい」

「これはこれは浅草の旦那さん、あたしは冬馬と申します」

「冬馬さんかい、いい名だ、今年は春から龍馬旋風が
 吹き荒れたからね、ところで親父の冬太郎さんは
 元気なのかい、近頃とんと顔を見ないけど」

「へい、何しろ今年は夏衛門さんのところが大暴れしちまった
 御蔭ですっかり夏バテしちまいましてね、今年はオレは
 出られねぇよ ってんで、お前が変わりに行ってこいと
 いうわけでして、こうして出てまいりました」

「そうかい、あんまり冬が来ないので心配してたんだよ、
 ところでもうひとり立ち出切る様になりましたか・・・」

「ええ、実は親父の跡を継ぐのはイヤダって思ってたんです、
 春吉さんとこは桜が咲いたといっちゃ皆に大喝采され、
 夏衛門さんところは、海だ山だと大騒ぎされ、秋山さん
 ところは、紅葉がいいとうっとりされるのに、あたしの
 ところは顔を出したってみんなに毛嫌いされるばかりで」

「お前さん、まだケツが青いね、冬太郎さんとこの稼業が
 無くなってみなさいよ、師走だってぇのに汗かいて、
 初詣にゆかた着るなんて馬鹿なことが起きちまうじゃないか
 この国はね、春夏秋冬が順番にやってくるから示しが付いて
 いるんじゃないかね、親父の背中見て育ってきたんだろ、
 稼業ってのは、教えてもらうものじゃないんだ、自分で
 親父の姿を見ながら何から何まで身につけていくしか
 方法はないんだよ」

「つい先日も、ひとりで顔を出したんですが、木枯らしの
 吹かせ方を知らなかったもので、誰も冬だと気がついて
 くれませんでね、すっかり自信なくして、親父にもうひとりで
 行くのはイヤダって家に閉じこもっていたんです」

「しょうがないね、親父さんからだの具合がよくないんだろ、
 そしたら、代わりが出来るのはお前さんしかいないじゃにか
 腹を括ってやるしかないんだよ」

新米の冬馬は、おどおどしながら枯れた蓮池の辺りでしょんぼり

してるだけなんですよ。

「ほら、其処のベンチに座ってるオヤジたちのイデタチを見てご覧よ、
 外套に襟巻き巻いてもうすっかり冬支度じゃないかね、お前さんが
 元気にならないとみんながっかりしちまうよ」

「本当にあたしのこと待ってくださってるんでしょうか」

「しょうがないね、若いのに疑り深くて、大丈夫だよ、お前さんが
 元気な顔で飛び廻れば、みんなも自然に元気がでるものさね、
 冬を待つ気分てのはお前さんが思ってるほど悪いもんじゃないんだよ
 お前さんが多少羽目をはずしたからって、どこかの役者の倅みたいに
 袋叩きになんかしないからさ、元気出せよ」

そう元気つけて戻ろうとすると、冬馬のヤツ、アタシの後ろに

へばりついて離れないのですよ、

「なんだ、まだ何か用があるのかい」

「何しろ初めてのひとり舞台なんで

 みんなに顔を見られて恥ずかしくて・・・」

「しょうがないね、お前の親父の冬太郎なんぞは何処へ現れたって

 動じないツラ構えしてたがな、よし、いい案があるちょいと付いてきな」

師走の上野は生き馬の目を抜く街、冬馬のヤツアタシの羽織の裾を放さないで

背中に引っ付いてくるんで寒くて寒くて風邪をひきそうですよ、

「おい、どれでもいい好きなのを被りな、

 これならみんなからじろじろ見られても大丈夫だろう」

冬馬のヤツすっかり喜んじまって選んだのは虎の顔、

「おい、そいつは今年の大晦日までだぞ、年かあけたら卯だから

 忘れずに被りなおすんだぞ」

成りはでかくなったけど、やっぱりまだ子供ですよ、虎の顔を

被ってそこら中飛び回るものだから、駅から吐き出される人たちは

襟もと合わせて

「おーっ!寒いね、」

あの野郎とうとう調子に乗りやがって、雨まで降らしてますよ、

やっとまいりましたよ今年の冬がね・・・

(はい、これは夕べ見た夢の中のお話でございます、

 どちら様もいい夢を・・・・)