火事と喧嘩は江戸の華

どうせ一度火事が起これば見事に全て失ってしまうのが

江戸の庶民の生き様でしてね、

どこかのひ弱な若者みたいに、ちょいと仕事が無くなったから

ってすぐに閉じこもっちまうような輩はこの下町じゃ生きて

いけませんですよ。

腕に職を持ってる職人は、明日になればまたゼロから

やり直せばいい とばかりにいつも前を向いて生きて

いたのですよ。

「宵越しの銭は持たねぃや」

これは何も強がりでも何でも無いのでして、

身体さえ残れば、明日になればまた生きていかれるという

誇りのある言葉なんですね。

それでも正月になれば縁起も担ぎ、神様だけは守って

いただけるという信心だけは忘れないのでして、

特に江戸時代から始まった

七福神信仰はその典型でして、なにしろ、中国に印度に日本の神様を

集めてしまえば福が確かなものになると、縁起のいい七という数字に

合わせて七福神があっちこっちに出来上がったんですね。

正月元旦から七草までの間に小銭握り締めてテクテク歩いて巡れば

今年は福が付いて廻ると信じられたのですから、こんなに幸せなことは

ありませんでしょ。

谷中から始まった七福神巡りは浅草、向島、千住とあっという間に

江戸市中に広がったのは、庶民の生き方にピタリと合致したのですね。

さて、今年は大川を渡って向島へ繰り出しました、

「隅田川七福神めぐり」

急に思いついてやってきたフーテンおじさんは、向島花街界隈をふらふら、

長命寺の弁財天に手を合わせ、すぐ隣の弘福寺の布袋様にお腹を壊さない

ようにお願いし、三囲稲荷へ、こちらは一箇所で恵比寿・大國両神様に

お参りできるというので、さすがに長だの列、

やっとお参りが済んだところで 小腹が空いちまいましてね、

ひょいと見上げると、もう一箇所神様が増えた気分、

巡り歩く人々も、路地の角を曲がるたびにあのスカイツリーが

目の前にそそり立っているんですよ。

「ウワー!ほら此処からがよく見えるよ」

さすがの七福神の人気もどうやらこちらに奪われてしまったようじゃ

ありませんか。

「一気に四箇所も巡ったし、あのスカイツリー様をいれれば

五箇所になるし、ここまででよしとしよう」

中には律儀なお婆さん、必ず歩き通すとばかりに

眦(まなじり)決して鬼の形相で歩く、歩く、

毎日、ふらふら歩き廻っているフーテンオヤジは全て歩き通す

なんて気構えはありませんでしょ、

「できなければ明日があるさ」

こういうところはひとりで歩く者の判断の早さでして、

気がつけば行きつけの 天ぷら屋さんのカウンターに座って

おりましたよ。

「テンプラ、カツ丼は一ヶ月に一度ですよ」

とあの怖い主治医の女医先生の顔がちらつきましたが、

えーい、今日はまだ三が日だと、わけのわからない理由をつけて、

「天丼頼むよ!」

くーっ、旨い!

えっ!残りの神様はどうするのかって、

こう大勢でお願いに行けば、神様だって食事する暇もありませんですよ、

えーと、またの機会にお伺いいたしますから、

これだから、まだ、今年はおみくじも怖くて引けないのですよ。

すっかり満腹になったフーテンおやじは、花屋に飾ってあった

七草籠を所望、ふららり、ぶらりの下町めぐりでございます。

目的に向かってわき目もふらずにまっしぐらしても、

あっちへふらふら、こっちへうろうろしても、

人生の終点は大して変わりはしないのですよ、

仏になるのが早いか遅いかくらいしか違わないからね、

まあ、残された人生のんびりまいりますか・・・・。