かつて温泉街の駅前はその町の一番の繁華街でありました。

列車が止まると駅から僅かな観光客が降りてくる。

タクシーの運転手がドアーを空けたが乗り込む客もなく

喧騒とは程遠いざわめきはあっという間に駅前から消えてしまった。

時代というものは時には残酷なものなのなのですね。

「乗っていかんかね」

シャンシャン馬車のオヤジが声を掛ける。

「昼飯前だから腹ごしらえしてくるよ」

断って駅前の食事処を覗き込んでいると

「寄ってかない」

あまりにタイミングの良い誘いに思わず店に入ってしまった。

店の構えはまるで洋風なスナックのような造りの店内には

彼女一人が手持ち無沙汰で客待ちをしていた。

店の名は 『ちゃこ』

「此処も随分寂れてしまったんだね、

  ところで店の名は自分の名を付けたの」

「私の母の名なの、久子っていってね」

「そのお母さんは・・・」

「58歳で亡くなったのよ、働きすぎたのかもね」

「その後を継いだんだ、景気はどうなのさ」

「山あり谷ありならまだましだけど、谷ばかり

 この谷は深くて這い上がれそうもないわね」

あっけらかんと彼女は笑った。

「何にする、何でも作れるよ」

「山菜の天麩羅に温かい蕎麦がいいな」

奥に引っ込んだ彼女の姿が消えると

店内には中島みゆきの曲が流れていた。

「ねえ、この曲いいでしょ」

奥から彼女の声がした。

「何だか切ないね」

彼女の料理は確かな腕前でした。

「お客さん、東京の人?」

「ああ、浅草だよ」

「あたし、浅草大好きなんだ、毎月18日に御参りにいくんだよ」

「18日は観音様の縁日だからね、そのうちきっといいことがあるよ」

「温泉街のほう行ってみたの・・・」

「これから歩いてみようかと思ってね」

「何だか廃れる一方みたいで悲しいくなっちゃうわ」

「ねえ、美味しいコーヒー飲める?」

「わたしコーヒー入れるの上手なんだよ」

彼女の入れたコーヒーはとても切ない味がいたしました。

「今夜は水上に泊まるの」

「いや、これから奥利根へ行こうかと・・・」

「いいな、あたしも旅するの大好きなんだ、何処かへ行きたいね

今頃山は綺麗だろうな」

「また水上を訪ねることがあったらかならず『ちゃこ』に寄るよ、

アタシのお袋もチャコって呼ばれてたからね」

「その時までこの店持つかな・・・」

一時間以上も話し込んでいたのに、客は誰も入ってこなかった。

“時代”が静かにながれていた

♪そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ

  あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ

  だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう

  まわる まわるよ 時代はまわる 喜び悲しみ 繰り返し

  今日は別れた恋人たちも 生まれ変わって巡り会うよ♪

切なさを抱えて今日も歩く旅の途中・・・