場所はどこというわけでもなく、しばらく旅に出てみると

  目の覚めるような心地がする。

相変わらず、吉田兼好先生の呟きをページをめくりながら

「ふむ ふむ」などと頷き、目を細めている。

案外、旅好きだった兼好先生のこんな呟きに出会うと、

なんだか急に親近感が湧いてくるではありませんか。

別に旅といっても、何処かを訪ねるばかりが旅ではない

のでして、急に美術館へ行きたくなったり、音楽を聴きに

出かけるのもまた旅なんですよ。

中でも、本というのはまさに心の旅の真髄でしてね、

小さな本の中へ飛び込んでみれば、鎌倉時代の兼好先生が

ニヤリと笑いながら迎えてくれたりするのですから、

こんない面白い旅はありませんでしょ。

 天気予報を聴くまでもなく、流れる雲の速さを

見上げれば、

「そろそろ嵐がやってくるぞ」

なんてことは、簡単に判ることでしてね、

いくら物好きでも、吹き荒れる大風の中を

歩くほどには根性が座っておりませんで、

窓越しにこの景色が眺められる特上のテラスへ

緊急避難、やおらその小さな本をめくりながら

旅の続きを勧めるのもまた、目さむる心地  

なのでございますよ。

兼好先生は、意外と落ち着いているようですが

どうしてどうして、若い人に負けぬほどのせっかちで、

行動力があるのでして。

「いつ旅をするか」と問えば

「思い立ったら、直ぐにやるべし」

雨が降ってきたから、止むまで待とうなんていう気は

さらさらないのですよ。

そんなこと云ったって、外は嵐ですよ、

何処からともなく

「そんな根性で 旅人 などと名乗るでない」

と言う声が聞こえてまいりましてね。

先人のお言葉は素直に聞くことが間違いない道と

心得ておりますので、やおら表に出てみれば、

ものすごい風に雨、あっという間に頭の先から

足元までずぶ濡れ、傘など役に立たないのは

5,6歩歩けば誰だってわかるほどの大嵐、

一度濡れてしまえば、後は同じこと、

「これも旅ぞ!」

とばかりに歩き出せど、尋常ではありませんよ、

いくら思い立ったら直ぐに実行ったって、やっぱり

程度ということがありますよね、

これで風邪でもひいて、肺炎起して、ころりっていうのも

悪くはないけど、まだもう少し旅が続けたいじゃないですか、

変わり身の早いのも、旅人の資格のひとつ、

さーっと飛び込んだ銭湯で、ザブンと浴びれば

どうです、目さむる心地 ですよ。

「ねえ、兼好先生!」

あれ、先生、プイッと横向いちまいましたよ。

嵐の日は、おとなしく無念無想で風呂の旅ってか・・・。