「あなた、一緒に生活するなら犬と猫、どちらがいいですか」

鬼姫様からのお声掛けに

「そうですね、犬とは半世紀も一緒に生活しましたから、

たまには猫もいいかもしれませんね」

我が家の最後の犬が18年の生涯を全うしてはや5年、

寂しさが募っているのはお互い様なのですが、もう動物を飼うのは

止めようと誓ったのです、

もしも、また長生きしたら、アタシ達の方が

先に逝ってしまうかもしれない、それでは残された犬が不憫ですよ

という理由で諦めていたのに、昨夜一緒に見ていたTVに豆柴犬が

カメラ目線でこちらを見ていた瞬間にどうやらやられてしまったようです。

実は鬼姫様は猫が苦手なのです、

其処には話せば永い物語がありましてね、

明治生まれのアタシの親父は、五百年前まで遡ることの出来る旧家の

長男で何不自由のない生活をしておりましたので、我慢とか、身を正す

なんていう考えは全く持ち合わせない我儘振りで一生を押し通した

という現代では化石みたいな御仁でしてね、

本宅の外に別宅を持ち、曽祖父が七人も妾がいたことを真似たのかは

本人に確認しなかったので不明ですが、実に自由気儘で晩年まで

その気儘を遣り通したのですから、それはそれで仕方ないかと思わせる

だけの器量があったのかもしれませんがね、

「猫を飼いたくなった!」

アタシは耳を疑いました、親父の人生の85年間、一度も聞いたことも無い

セリフですよ。

「今更、そんな面倒なことをしなくても」

といくら言ったところで、聞く耳持たぬ親父は

翌日天下の○越デパートへ参上、

西洋顔のいかにも気位の高そうな猫さまを買ってきましてね、

「どうだ、いい猫だろう」

アタシは猫といえば、横丁の路地でじっと獲物を狙ってるノラしか

浮かばないので、とても猫とは思えなかったですがね、

親父と猫の蜜月は予想通りそう長くは続かなかったのでしてね、

血統書付きのお嬢様猫は、まったく人間にナツカナイのはさもありなん

親父の言うことなど我関せずの振る舞いに、あの親父が切れないはずは

ありませんですよ、

85歳の老人とはいえ、グーで殴りつけるという暴挙、

気位の高い猫様はますます気性は捻くれるばかり、

人間を寄せ付けず、箪笥の上に登って上から見下ろすばかり。

「おい、マリ(親父のつけた猫の名)を風呂に入れてくれ」

「おい、爪が伸びたから切ってくれ」

コトあるごとに電話がかかってくる、

おっとり刀で駆けつけて、さあ、マリを捕まえるのがこれが一大事、

ヒッカクは、噛み付くは、もう大騒ぎ、やっとのことでケースに

入れて○越デパートへ

「あの、シャンプーと爪切りを」

顔中笑顔の担当の方がケースの蓋を開けた瞬間、もう其処は修羅場と

化したのですよ、

「キャーッ! 痛い!」 

「ドタン! ガラガラ!」

飛んできた売り場主任が、

「お客様、まことに申し訳ございませんが、

  ウチではお預かりいたしかねます」

と慇懃無礼とはこのことかという言葉でお断りのご挨拶、

「お宅でいい子だといわれて求めたんですがね」

と悲しい目で引き上げるのでありますよ、

街の猫美容室を訪ね歩き、三軒目で手に鷹匠が使うような

皮の手袋で武装して何とか綺麗にしてくれましたが、

引き取りに行くと、

「あの今回だけにしてくださいね」

店主の顔には二箇所のミミズバレ、

「申し訳けありません、釣りはとっておいてください」

と頭を垂れるばかりでございました。

「お前の家で飼ってくれ」

親父の一言で、悪魔のようなマリを連れて我が家に、

後はお話するまでも無く、鬼姫様の悪戦苦闘の日々が続くと言う訳でございます、

「猫はやめましょうネ」

私の作戦通り、それからは鬼姫様の口からは犬とか猫という言葉は

出なくなりましてね、

散歩の途中でふらりと立ち寄ったのは 谷中猫町、

彼方此方でノラに出会う、やけになれなれしいヤツで

「オイ、どうだ一緒に行くか」

と尋ねたら

プイと向こうを向いてスタスタと階段を登って姿を隠してしまった。

「どうやら、猫にには縁がないらしいな・・・」

帰りがけに豆柴犬のカレンダーを買う、

まあ、これで一年は楽しめそうですよ・・・