「行ってみたいところがあるのですけど」

珍しく鬼姫様からの申し入れに、

こういう時に点数を稼いでおこないと と

「まさか、九州じゃないでしょうね」

鬼姫様のふるさとは九州なんです、

「いいえ、東京です」

「東京ですか、お安い御用です」

なんでも昔行ったことがある土地で、今はどうなっているのか

急に知りたくなったらしいのです。

やってきたのは江古田、

歴史好きのアタシにはあの太田道灌が合戦した場所だというので、

そちらの興味が深々でございますよ。

「ここが江古田ですよ」

「いえ、違います、私の記憶の中の江古田は駅の傍に畑がありました」

「あの、その記憶の江古田って何時ごろのことなんですか」

「そうですね、私が学生時代ですから・・・半世紀くらい前ですか」

「そりゃ変わってしまうのが当たり前ですよ」

鬼姫様の不確かな記憶を手繰りながら、町をうろうろ、

アタシは知らない町を歩くのが大好きですから、

古い町並みを探すのは得意でしてね、

このあたりを入れば、昔がありそうですよ、

「江古田市場って書いてありますよ」

まるで昭和三十年代で止まったままみたいな店構えに

どうやら記憶が蘇ったようですよ。

「ちょっと聞いてみますか・・・」

この市場、何でも大正時代から続いているのだとか、

アタシ等子供の頃は、そこら中にマーケットみたいな

商店街がたくさんありましたが、もう今は滅多にお目にかかれなく

なりましたよ、

「奇跡みたいな市場ですね」

お店を一軒一軒覗き込むと、味噌を量り売りする店、

剥き身の貝を売る店、手作りの糠みそのおしんこあり、

スーパーじゃありえない店構えに、きっとご近所の人たちは

安心して買い物にこられるのかもしれませんよ。

なぜなら、店の主とお客の間に会話が成り立っているのですよ、

いくら店主が頑張ったって、お客がやってこなければ

店はとっくに消えてしまいますよ、

なんだか、人の繋がりまで見えるようでこの場にいるだけで

心が暖かくなるんですね。

乾物を商う店の棚ではキューピーさんが迎えてくれる、

「おばちゃん、このキューピーさんいくつになるの」

「今年で古希だよ」

ウーン!お見事、

昔あったマーケットは、駅前再開発の話が持ち上がると、

大抵はいつの間にか壊されて、こぎれいなスーパーが

出来上がるのが、この国の現状なんですよ。

九十年も続いている市場ですよ、

大切に残して欲しいですね、

気がつくと、鬼姫様は両手に抱えられないほどの買い物、

顔が生き生きしておりました、

新しいものがすべて良ではないでしょ、

何を残すかはその町の人の考え方しだい、

古いものは不便ですよ、でもその不便を受け入れると、

本当に楽しいことが見えてくるのかもしれないですよ。

江古田は楽しい町ですよ。