弥生三月を迎えたというのに日に日に寒さがつのります、

もしかしたら、もう一度冬に向かっているのでしょうか。

雨音が消えたと思っていたら冷たい雨は当たり前のように

降り出していますな、雨だからといって散歩が出来ない

わけじゃなし、子供がそのまま大人になったおじさんは、

お尻の辺りがむずむずして表へ飛び出すのでありますよ。

向こうから傘もささずにやってくるのは源さんですよ、

「この寒いのに神経痛が出てもしらねぇぞ」

「あんたには言われたくないね、そっちこそ

 コタツに潜り込んでりゃいいものをよ」

アタシらの歳はね、子供の頃から雨が降ったからといって

家の中でジッとしてるなんて習慣はありませんでね、

せかせか表を飛び回るのが当たり前に育ってきちまったんで

お互いじっとなんかしてられるわきゃないのですがね、

「しょうがねーじゃないか、頼まれごとされりゃ断れないだろ」

源さんのいつもの口癖です。

「そんなに慌てるんじゃないよ、滑って転ぶのが関の山だからよ」

まあ、浅草の挨拶はこんなもんですよ、

お互い、ペンギン歩きですれ違うと

「チキショウ 何だってこう寒いんだ!」

源さんと別れると、止せばいいのに冷たい雨の中をふらり ぶらり

悴む手を合わせて観音様にご挨拶して、空を見上げれば

相変わらず雨の止む気配はありませんな。

冷たい雨じゃ、ちっともトキメカナイですよ、

夕闇が急に押し寄せて来たみたいで、辺りはすっかり人通りが

消えちまって手相見の美人の占い姐さんが手持ち無沙汰で客待ち顔、

「この寒いのに仕事かい」

にっこり笑ったその仕草、アタシが客になっちまおうかと・・・

「じっとしてると固まっちまうほど寒いからこの次にするよ」

相手も端から客と思ってないから、気楽なものですよ

「悩みができたらどうぞ」

「とーぶん、悩みはないからな」

店の灯りが手招きしてます、

ちらっと覗くと 源さんがおだ上げてますよ、

まあ、頼まれた用事はたいていこんなことなんですがね、

顔を合わせるとバツが悪いでしょうから、あたしはいつもの蕎麦屋へ

「鍋焼き 熱くしておくれ!」

下戸の寒さしのぎにはこれに勝るものはございませんですよね。

 冷たい雨の浅草裏町にて

(この記録を書いてから4年も過ぎちまった!)