ご紹介をいただいたのは金井島の名主を

代々つとめた瀬戸家のお屋敷でした。

過ぎ去った年月が、はるか昔の中から

そっと集められて、此の地に密やかにそっと

残してくれたに違いない麗しい姿で迎えて

くれました。

暦の上では上巳の節句、

静かさがこの昔を偲ぶ屋敷には相応しいと

思ってまいりましたのに・・・

確かに話し声が漏れてきます、

時には忍び笑いの楽しげな声まで

「どなたかおられるようですね」

おかしいですね、どなたもいらっしゃいません、

でも残された座布団には確かに温もりが・・・

戸を開けると、姫様と目が合ってしまった。

「今までここで話していた方々はいずこへ」

「あら、よく気づかれましたのね、此の村のご一行様で

 先ほど札所巡りからお帰りになられたばかりでございます」

「それではもう夫々のお宅へもどられたのですね」

「ふふ、そこであなた様を不思議そうな目で見つめて

いらっしゃいますわよ」

「また、そういうご冗談を」

「場所は同じでも、あちらのご一行様の今日は

 文化七年二月なのでございますよ」

「文化七年二月、それではちょうど二百年前ではないですか」

「そうです、このお屋敷にも

  二百年前のひなまつりはありましたのよ

  今と全く同じ場所で・・・」

「それでは、あの話し声は文化七年二月の声なのですか、

 声が聞こえるのに、どうして姿は見えないのでしょう」

「それは時のいたずら、本当はここで起こった出来事は

 今もきちんとあり続けているのです、悲しいかな人間には

 寿命があってずーっと見続けることは出来ないのです」

「なぜ、雛の姫様には見えるのですか」

しばらく沈黙が続いた後、

「実はわたくし達は人形(ひとかた)なのです、

 永遠の命を持つことを許された人形。」

「そんなことが出来るのですか」

「でも、永遠の命ってとても疲れるのですよ」

「だって、そんなに若々しいではないですか」

「いくつに見えますの」

「そうですね、どうみても二十代初めかな」

「ふふふ、そう二百二十四になりました」

その時、足音が、

「しーっ! あなたのお連れ様ですよ」

それっきり、雛の姫様は動かなくなりました。

「どうしたのですか、いくら待っても戻ってこないので

 探しにきたのですよ」

私は黙って頷ずくと、

「そろそろ参りましょうか」

どうせ、今の出来事をお話しても鬼姫様は噴出す

だけでしょうから・・・

屋敷の外は春の風、

菜の花がその風に揺れている。

門のところでもう一度振り向くと

あの札所巡りのご一行の笑い声が確かに聞こえておりました。