水戸街道の宿場取手宿というとアタシ等みたいな

年寄りは新歌舞伎の「一本刀土俵入」を思い浮かべて

しまうのです、

取手の裏通りにある茶屋旅籠の安孫子屋の店先に、

よろよろと通りかかったのは駒形茂兵衛、

力士になりたくて親方に弟子入りしたが、見込がないと追い払われた

のですが、破門された相撲の親方のところへ、もう一度弟子入りしようと

江戸へ帰る途中だった。何も食べていないという茂兵衛に、

安孫子屋で酌婦をしているお蔦は、立派な関取になる見込はあるのか

と訪ねる。

「何としてもがんばって立派な関取になり、故郷のおっ母さんの

墓の前で、横綱の土俵入りを見せたい」という茂兵衛の言葉に

お蔦は故郷越中八尾の母親を想って、小原節を口ずさむ、

そして持っているありお金の入った巾着や櫛、かんざしまで渡し、

「立派なお角力さんになっておくれよ。」と励ますのです。

十年ほど経ったある日、旅人風の男が、安孫子屋のお蔦の消息を

たずね歩いていた・・・

取手宿とはそんなことを思い出させてくれる場所なんですね。

さて、その取手宿で八坂神社の祇園祭があるのです、二年前に訪ねて

おりましたが、その時感じたコトをもう一度確かめたくて訪ねて

まいりました。

取手駅で電車を降りると、駅前はビルが立ち並び昔の取手宿の

面影はありませんね、

それよりも噴出した汗が目に染みる暑さにはへなへなと

その場に倒れそうですよ。

取手は春のひな祭りに何度かお訪ねしていたので町の様子は

判っていますので田中酒造店前にやってくると、設えられた御仮屋から

宮神輿が還御の支度にかかったところでした。

幟が夏の陽にたなびき、文政9年に作られた古式ゆかしい神輿と四神の幡

などを見つめていると

「散人さんじゃないですか」

なんと知り合いの神官さん、どうやらこれからの神事を行うとのこと、

知り合いに会えたことで、初めての祭りがぐっと身近に感じ始めましたよ。

8/1に八坂神社から渡御してきた宮神輿は二晩御仮屋で過ごし、これから

八坂神社へと戻っていくのです。

還御式が厳粛な中で行われる、

御祓いを受け、神主様の祝詞奏上、そして氏子総代の挨拶がまたよかったですね、

「みっつお願いがあります、ひとつ、掛け声は ワッショイで願います、

 ひとつ 神輿の上に乗った人がいたらその場で直ちに中止いたします、

 みっつ目は神輿は揉まないこと、どうか無事に還御できますように」

そして独特の手締めで宮神輿が上がった。

聞けば相当の重さなのだとか、その宮神輿を一気に差し上げた、

実に見事な神輿振りに思わず拍手をしておりました。

取手の夏祭りは八坂神社の例大祭で、上町、仲町、片町の鎮守であります。

御祭神はかつては牛頭天王を祀っておりましたが、いまは素盞鳴命、

いよいよ動き出した文政9年作の宮神輿は

「ワッショイ ワッショイ!」の掛け声の中流れるような神輿担ぎで

進んでいく、

「サセ サセ!」の声が辺りから巻き起こると

一斉に神輿が空へ届けとばかりに上がった、実に静と動の釣り合いの

取れた神輿振りでありますな、

どこの祭りでもそうなのですが、昔の町名が浮き上がってくるのです、

取手では三ヶ町の若衆は

上町は「加美若」、仲町は「奈加若」片町は「加多元」と呼ばれ

毎年それぞれ決められた年番町が祭りを仕切るのです。

今年は仲町が年番のようです。

底抜囃子が響き渡る中を宮神輿の三ヶ町巡行です。

今宵還御される八坂神社へ参拝、何度見ても古式ゆかしい本殿には

氏子の皆さんが参拝しておりますよ。

本殿・拝殿に施された『天の岩戸』『日本武尊』『神功皇宮』の

精緻な透かし彫りの彫刻にしばし見惚れるのでございます。

さて、このあたりでもうひとつの楽しみに向かいましょうか、

取手祇園祭は毎年八月一、二、三日と決められているのです、

祭日を土日に変えてしまう祭りの多い中で、取手は今も祭日を

きちんと守られていることに敬意をささげるのです、

国指定重要無形民俗文化財「江戸里神楽 若山胤雄社中」

による江戸里神楽とは

笛、大拍子、長胴太鼓のお囃子、囃子に、仮面をつけ、時に素面で

古事記、日本書紀の神話を演じる無言劇の形態をとる神楽。

『 宝剣盗人』 

以前から一度見てみたいと願っていたのです。

宝剣とは熱田神宮に伝わる草薙剣(くさなぎのつるぎ)なのです、

熱田神宮の宮守二人が宝剣(草薙剣)を守護している

ところへその宝剣を何とか手に入れようと

新羅の怪僧・道行(どうぎょう)が登場してきます、

賄賂を贈ったり、釣り竿で釣り上げたり、最後はお酒を飲ませて

二人を酔わせて、眠っている間にまんまと宝剣を奪ってしまうのです。

今も昔も、お酒は人を油断させ、平常心を失わせるものなのですな。

今回の演目は、神話に題材をとっておりますが、もっと人間味に

溢れた挙動が笑いを誘うのです。

(見るからに盗人の道行、判りやすい演出です)

宝剣を奪われたことに気付いた宮守は道行を追いかけるのですが

見失ってしまうのです、

やっと見つけて刀を抜いての切り合いになったところが、

宝剣の魔力により道行は気を失ってしまい、とうとう

お縄となってしまい、宝剣は無事宮守の元へもどるのでした。

という 

筋書きはいたって判りやすいいのですが、

その仕草はひとつひとつが喜劇仕立てに思わず笑い

が漏れてしまうのです。

そういえば、草薙剣は素戔嗚尊が出雲国において十拳剣で

ヤマタノオロチ(八岐大蛇)を切り刻んだ尾の中から出て

きたという謂れの剣、またの名を「天叢雲剣」、

素戔嗚尊を祀る祇園祭に奉納される里神楽にふさわしい

演目だったのですね。

まだまだ歯切れのよい祭り囃子が響き渡っております、

このまま神輿の後ろをついていきたかったのですが、

今宵はもう一箇所行きたい祭りがありますので、

還御の後姿に手を合わせると

駅に向かって歩き始めておりました。

「それにしても暑い!!」

(2016年8月記す)