朝顔の地の浴衣に袖を通して
「おとっつぁん、ホタル狩りに行ってもいい」
なんて急に言い出すと、おとっつぁんはまた心配の種が
増えるんでありますな、
「誰と行くんだい」
「飴屋のお姉さんと一緒よ」
いくら心配だからってダメだと言えないのが
ホタル狩というもの
「判った、その代わり日の暮れる前にけェーってくるんだぞ」
これはもう落語の世界でございますがね、
浴衣を着ると、素足に下駄の音も軽やかに歩いてみたくなるから
不思議ですよ、
それがホタル狩りりとくれば、ささやかな束の間の夢の世界へ誘って
くれたんでありますよ
昔の娘さんには出歩く口実が残されておりましたんですが
その肝心のホタルが消えちまったんですから、若い娘はどういう
口実を言えばいいのか心配しておりましたら、
「花火見に行ってくる」
ってのが近頃の言い訳らしく、花火大会にはどっと浴衣姿の若者が
集まるのでございます。
「ねえ、散さま、花火見たいわ」
なんてぇー 粋なお誘いもめっきり無くなったおじさんも、
浴衣に着替えればやっぱり漫ろ歩きがしたくなるのでございます。
ホタル狩に娘を送り出した親父は、日課になってる軒下の吊り忍へ
霧を吹きかけるんでありますよ、
チジミのシャツにステテコってぇーのが
親父のユニホームでしてね、
口に含んだ水を プーッ と吹きかけると辺りが急に涼しく感じるから
不思議なものでございます。
別段若い二人のあとをつけているわけではないのですが、
行き先がどうやら一緒らしく、その道は三社様への裏道でしてね、
朝顔姿の娘の横には飴屋の姉さんではなく、役者にしたいような
いい男が寄り添っているのでありますよ。
その二人を鳥居のかげからじっと見つめるヤツがおりましてね
「おい、コン吉 オマエさんまた何か
悪さを企んでるんじゃないだろうな」
振り向いたのは
悪戯盛りの被官稲荷の狐のコン吉
「あれ、散歩の旦那じゃありませんか、別に悪さなんて
しちゃいませんですよ」
「実は、オマエに頼みがあるんだが」
「・・・・・・・・」
「なるほど、そいつは面白いですね、それじゃ早速 雷様に
お願いに行ってまいります」
暮六つの鐘が 「ゴーン!」と鳴ればこれからは宵闇の世界へ
本物のホタルが居なくなっちまった二人のためにちょいと
仕掛けをいたしましてね、
「ピカッ! ゴロゴロ!」
突然の白雨(夕立)に
先程の若い二人はあわてて山門の軒下へ
どうやら雷様は願いを聞いてくださったようで、それが
浅草の雷様の凄いところで、その若い二人の上だけ雲がかかり
白雨が降っているんでありますから。
アタシは二人に近づくと、コン吉が用意した番傘を渡し、
「雨宿りするには、いい店があるんだ、行ってみるかい」
途方に暮れていた二人はこっくりと頷くんでありますよ。
あの心配顔の親父の為にも、いい店があるんですよ、
浅草の 刻の鐘を打つ鐘楼の目の前にあるのが
かつての粋処「暮六つ」、
アリゾナの先代が凝りに凝ってコサエタ隠れ家だった店も、
先代が亡くなってからは荒れ放題、まるで物の怪の出てきそうな
雰囲気になっちまってね、
心配していたのはアタシだけではなかったんですね、
その「暮六つ」の佇まいにほれ込んだ三味線弾きが身代投げ打って
開いたのが『和えん亭 吉幸』、
亭主 福居幸大さんの心意気にほれ込んだのはアタシだけでは
ありませんでね、生の津軽三味線や邦楽を毎日聴ける店はこの
広い東京でも滅多にお目にかかれないのです、
折から季節は津軽ねぷた、浅草の一郭から福居幸大さんの津軽三味線が
息遣いと共に『津軽あいや節』が響くのであります。
隅田川の花火も終わってしまった浅草に浴衣姿でやってきたら
そっと訪ねてみてくださいな、
日本人でよかった! と必ず自信をもって感じることができますからね。
そうそう、あまり宣伝しないでくださいね
若い二人が雨宿りしたとき 席が無くなっていると可愛そうですのでね。
白雨の浅草にて
さてと今度は誰を誘い込もうかな・・・
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