随分手前から山の中腹にある桜に気づいて

おりましたが、行き止まりの道に迷い込んだり

他所の家と間違えてしまったり、

遠くても行き着けると思っていただけに遠回りが

意外と時間をとってしまった。

やっと坂道を登って辿り着けば、あまりのその美しさに

息を飲み込むほどの桜でした。

それにしても満開の桜の下には人の気配もありません、

どうやらこの桜は、今を生きる人の為にあるのでは

ないようなのです、

すべて、先に逝ってしまった祖父母、父母に見せるために

ここに桜を植えた人々の心がヒシヒシと伝わってくる桜です。

堂でお参りを済ませるとその本堂の奥は段々畑のように

高みに向かってご先祖様がずらりと巡っておりましてね、

よく見ると上に行くほど新しい墓石が並んでおりました。

一番の高みからその桜を眺めていると、ひとりのご婦人が

花と線香に水桶を持って坂道を登ってくるのです。

彼女は思いつめたように真っ直ぐ前を向いて、その墓地で

一番新しい墓石の前で立ち止まると、一心に花を捧げ、

何度も水を掛けると手を合わせてそのまま動かなくなってしまった。

随分長い間、そこに座ったままの彼女の姿が気になって桜と交互に

見つめていると、背中が小刻みに震えていた。

多分、今の彼女に「千の風になって」を歌っても、決して

受け入れてはくれないでしょう、

そっと足音を忍ばせてその場を立ち去ろうとした時、

その女(ひと)は急に立ち上がるとこちらを振り向いたため

目と目が合ってしまった。

その女(ひと)は恥ずかしそうに上を向いた、多分、涙を見られたく

なかったのでしょう、

「さくらが綺麗ですね」

私は黙っているのも間が悪くてそう声をお掛けした。

「本当に綺麗だったんですね、私、下ばかり見て歩いていたので・・・」

「きっとこの桜を貴女と一緒に見つめていますよ」

しばらくその桜を見つめていたその女(ひと)はふと真顔になると

「ありがとうございます」

と美しい目礼を残して桜の下に消えていった。

この世にもこんなに悲しい色の桜があったのですね。

今度は本当に誰も居なくなったこの桜の下で、

耳を澄ますと、かすかにざわめきの声が聞こえていた。

紛れもなく、この桜はあの世の人たちが見つめる桜に違いありません。

その場所ですか、

迷いに迷って行き着いた桜でしたので、もう一度行けと言われても

何処だったか今となってはわからないのですよ。

でも夢の中の出来事ではなかったことだけは確かなんですがね・・・