忍ぶ 不忍 無縁坂・・・ 

をのんびりと下ってくると不忍池に突き当たる、

明治の文豪達はこの路を散歩しながら小説の構想を

練ったのだろうか、

池の辺に咲き競っていたソメイヨシノは化粧を落とし素顔に

戻った姿を寂しげに晒している。

たった百五十年で日本中を席捲してしまったソメイヨシノの

狂騒劇も花の散りしきる中でいつの間にか納まっているのですね。

桜好きには静寂が戻ったこの時期は桜劇場第二幕の始まりを

告げているのですから見逃すわけにはいかないのでしてね、

ほら、山桜が咲いています、

爛漫と咲くソメイヨシノを見た人にはあまりに寂しげに感じるかも

しれませんが、山桜こそ在原業平が、西行が、芭蕉が惹かれた桜

なのですよ。

花は葉の陰に隠れるように可憐な姿をちらりと見せる、

なんという桜の楽しみ方だったのだろう・・・

池の辺りは異なる桜がぽつりぽつりと現れる、

うっすらと香りが漂う、

梅は香りでその存在を誇示するが、桜には香りは無いと

思っていませんか、

桜にも匂桜と呼ばれる木がありましてね、

その代表がほらこのオオシマザクラですよ、

花より団子の好きな方はきっと桜餅をお好みでしょ、

あの桜餅の香りはオオシマザクラの葉を塩漬けにしたもので

桜のもう一つの命を感じることができるでしょう。

次は紅豊(ベニユタカ)が少しどぎつい紅色の花を咲かせて

いますよ。

勿論栽培品種の桜です、北海道松前町の浅利政俊氏が

松前早咲と龍雲院紅八重 を交配して作り出された桜

なんです、北海道では早咲きでも、暖かい関東に植栽されると

サトザクラの咲くころに満開になるのです。

つい数日前までソメイヨシノ一色に染められて池の辺に

立ち止まれば、なんだか桜に溺れそうで何も考えることなく

ただポカンと口を開けて眺めているだけでした、

でも、こうしてヤマザクラや、オオシマザクラや、

北国生まれのサトザクラを見つめていると、その桜に

まつわる物語を忍ことができる気がするのです。

不忍池の辺りで何を忍か桜花

目の前を幼子のはしゃぐ声、

のんびりと歩く母娘の上にはらりと散る桜、

全てが一期一会の出会い桜、

きっとこの光景は後になって忍ことになるのかも

しれませんよ。

  ふりまがう桜色こき春風に

    野なる草木のわかれやはする

          藤原定家