「お酒は好きですか」

アタシは即座に応えます

「ええ、大好きです」

「それでは赤にいたしますか、それとも白・・・」

「いいえ、飲みません、でも大好きなんです」

相手の方は怪訝そうな顔をして

「どういうことですか」

お酒は一滴も飲みませんが、お酒を飲んでいる人と一緒に

食事をするのは大好きなんですね。

ひとり旅の下戸のオヤジの夕食は得てしてせつないものなんですが

偶然隣に座った出張中の酒好きオヤジさんと話がはずむと

「まあ、一杯!」というのが挨拶なんですね、

この断り方で、妙に白けた雰囲気が漂ってしまうもので、

そこは場数を踏んでくるといろいろ作戦がとれるわけで

「ちょっと肝臓をやられましてね、医者からストップですわ」

「お好きなのにそれは残念ですね」

アタシのおごりで一本追加、

後は酔うほどに口が滑らかに、そしてどんな酒が旨いか談義、

旅先で一人で飲んでるオヤジさんてのは、案外拘り派が多いようで

「どこそこのあの酒の味は忘れられない」とか

「日本のワインを馬鹿にしてはいけない、フランスも

そこどけっていう 飛び切りのワインがあるのですよ」

とか・・・

そして、その酒を買って我が家の酒好きに飲ませると

「どうしてこんな美味しいお酒がわかったの」

何も下戸は酒の味を知らないと決め付けないでくださいよ、

旅を続けていると出会った人がいろんなことを教えてくれるんですから。

さてと、前置きが長くなりましたかね、

降りたのは、はて、何時の間にか駅名が変わっておりましてね、

最近は車の移動ばかりで列車にはご無沙汰でしたからね、

『勝沼ぶどう郷駅』

ぶどうで生きるという覚悟を決めた名前じゃないですか、

訪ねたのは、『シャトー勝沼』ワイン工場、

実はアタシの旅先には、

ワイン工場、ウイスキー工場、

日本酒醸造元、味噌醸造元、醤油醸造元・・・

と、ものを作り出すところが多いのですよ。

一緒に行った仲間などは、試飲コーナーでよっぱらっちまう

ヤツまでいたりして、こういう呑むのが大好きな輩は案外

味音痴が多いのでしてね、

ほとんど味の良さを知る参考にはなりませんがね。

作っている職人さんの姿勢、蔵元の考え方、

伝統に磨きをかけている若者の存在・・・

味の決め手は、じっと見つめているうちに確信が

持てるようになるのですね、

この判断基準で手にした例えばワインにしても、あの鬼姫様から

ケッチンをされたことはありませんので、間違ってはいないだろうと、

さて、今回は二度目の『シャトー勝沼』、

今年の新酒の試飲の前は素通り、一番年配の支配人に

「一番お勧めのワインを・・・」

「お飲みになってみませんか」

「いや、支配人のお勧めを買います」

これほど、困った質問はないのです、試飲して買い求めれば後は

買った人の責任、しかし、責任を持って勧めたワインがその人の

好みに合うかどうかを飲まない者に勧めるほど難しいことは

ないのですね、

「辛口がよろしいですか」「酸味は」などとさりげなく聞いてくるのは

誠意ある節し方、多分、アタシの容姿、年齢、人生観まで想像しながら

決められるのでしょうが、

「実はアタシではなく家で待ってる妻への贈り物にしたいのですが」

支配人は、記念日の品物であることで、一番自信のあるワインを

勧めてくれましてね。

味はアタシには判りません、呑んだってわからないのですからね、

「きっとお喜びいただけると思います」

そう言葉を添えて赤白二本のワインをセットしてくれたのでした。

生半可な素人判断ほど墓穴を掘ることはないことを経験から知って

くると、じつは この専門家の意見というのは実は素晴らしい品物に

出会える一番の近道ではないですかね。

そのワインはきっと大喜びされるに違いありません。

以前、この方法で求めたワインもワイン通の

友人が大絶賛したのですから・・・