横丁の水溜りをひょいと飛び越えたところで、アイツと

目があってしまった。

すわったまま目をそらさないのは、こっちをいつもの暇なオヤジだと

覚えていたのだろう、

そのまま行き過ぎるのも仁義に反するかと、しゃがみこんでみると、

それが合図のように、すたすたと何の迷いもなく近寄ってくるのですよ。

アイツの名前は知らないが、やけになれなれしく足元に寄ってくると

身体を摺り寄せてくる、

いきなり寝転ぶと、腹を出して敵意のないことを身体で

見せ付けるのです、

いつものアイツのやり方なんです。

この路地には猫町と呼ぶにふさわしいほど猫がはびこっているのですよ、

そんな中で、平気で人間に擦り寄ってくるのはアイツだけなんです。

多分、人間から餌をもらえる手段を身に着けてしまったのだろう。

ノドを鳴らして、身体をくねらせて、

「そろそろ餌をおくれよ」

という意思表示なのだ。

「そうか、三日も雨に閉じ込められて餌にありつけなかったのか」

それでも、餌を与えるわけにはいかないのです、

この路地が網の目のようにめぐらされている町は、

人間にとっても住みやすいのですが、猫達にとっても

車に轢かれる心配はないし、ちょっともぐりこめば雨を

しのぐことも出来るし、夜の店の残り物が、生死の境を生きる方向へ

導いてくれているのでしてね。

彼等の世界では、子孫を残すという当たり前の営みも、

人間にとっては環境破壊と結びついてしまうのです。

ビルの林立する街では、猫の姿はほとんど見ることはありませんでしょ、

猫も住めない環境の中で、人間が右往左往しているのですよ。

猫が居なくなると、一番安心するのは何だと想いますか、

そう、ネズミたちです、大都会では天敵の居なくなったネズミ天国だと

いうことを知らないで、猫を虐待しないでくださいよ。

港町を旅すると、漁港には猫が住み着いているんですよ、漁から戻ってきた

猟師のオヤジさんは、集まってきた猫達に、小魚をやるんです。

「何でこんなに猫が居るんですか」

と尋ねると

猟師の一番の損害は、漁網なんですよ、この網にはネズミにとっては

美味しい餌がこびりついていて、あっというまに網が食い荒らされて

しまうのだそうで、その干してある網の傍に猫がいるとネズミが寄って

こないのだそうで、それで猫を大切にしているという話を聞きましてね。

それぞれの動物には、生きる意味があるわけで、例えば猫には

人間にとって愛玩以外にも役目があることを知っていれば、

子供を生むからという理由だけで、猫(どらですよ)を毛嫌いしないで

欲しいのですがね。

「この町ではお前達にむやみに餌をあげられないのだよ、自分達で

調達してくれよな」

朝の挨拶を済ませて、彼方此方にいる猫に別れを告げると、

路地の奥から、「ミャー、ミャー」と子猫の鳴き声、

ああ、また生まれてしまったのか、それも五匹だよ、

「お前達、自力で生きるしかないのだぞ」

路地の奥から母猫がじっとこちらを伺っている。

その目は猫の本能なのだ、

自分の生んだ子を、殺してしまう人間とは・・・

朝の猫町路地裏で思い悩む散歩の途中です。