谷中というのは明暦三年に江戸を焼き尽くした大火の後、

江戸城の周辺にあった寺々がここに移転し、今は

80を超える寺の集まるまさに右を見ても左を見ても

寺ばかりの町なのです。

天王寺と寛永寺の広大な墓地が地続きの谷中は

もしかしたらあの世とこの世の境目なのかもしれませんよ。

何時ものように御殿坂を登ると、

本行寺と経王寺に挟まれた一画に何の変哲もない小店が

続くのですが、その一軒、一軒の歴史を知ると

散歩の足が止まるほど興味深い話がごろごろしているのですよ。

お月見でお世話になる本行寺の左隣は昔は文房具や小物を商う

店でしたが娘さんがアイスクリーム屋を始めた。

夏の散歩の途中に立ち寄って、縁台に腰掛けて

そいつを舐めながら休憩には最適だったんですよ、

何しろお寺の門前ですからケバケバしくなくて

おじさんも安心して舐めることのできるアイスクリームは

ありがたいものでしたがその店も店じまいしてしまいましたな、

いやいや、アイスクリームの話ではなく、

この店のある場所の話でしたっけね、

アタシの大好きな画家中村彝(ツネ)が天涯孤独の身となり、

一人暮らしを余儀なくされた時代に下宿していた有楽館が

このアイスクリーム屋さんなんです、

特に本行寺には新宿の中村屋の相馬黒光と静座をするために

日課のように通い詰めていたのです。

不治の病に侵され、何時も死と向き合っている日々の生活から、

彼が生み出したどの作品も胸を打つものばかりなのです。

散歩の途中で感慨に耽るのはこういう事実を知るからなんですがね。

次が蕎麦の名店(アタシの評価です)「川むら」さん、

最近店内改装して感じが変わりましたね、

夕方になると長尻の呑兵衛が何処からともなく集まってきて、

店内は満員、みんな呑みながらの客ばかりで

満員になると中々空きがありませんので、蕎麦食いには

そのタイミングが難しいのです。

何しろ蕎麦の品書きより酒の銘柄の方が多いのですからね、

でも、味、風情とも一級の店なんです。

しめしめ一人分の席が空いてましたのでちょいと蕎麦で

休憩です

つづく

(2017年7月記す)