この時期、北に向かって旅を続ければ

必ず桜に出逢うことになる。

桜ほど遠目にもはっきり判る花は

そうはないでしょう、

その代わり花が散ってしまえば

もうどれが桜か判らなくなる、

だから咲いているうちにと桜を探しに

旅を続けることになるのですね。

昔から『花は櫻木人は武士』という諺がある、

明日の朝には露となって消えてしまうかもしれない

命を盾に日々を生きる武士といえども、櫻花に

魅せられた者は多い。

 深山木の其の梢とも見えざりし

   櫻は花にあらわれにけり  源三位頼政

頼政も奥山の木々の中に櫻が混じっていても

判らないが、花が咲けばその桜の存在が明確になることよ

と詠じている。

もしかしたら武人ほど櫻に見せられていたのかも

しれませんね。

しかし、その武士の地位を擲ってまで櫻にのめり込み、

遊行者になってまでその櫻を追い続けた男がおりました。

其の名は 西行、

 たぐひなき花をし枝にさかすれば

   櫻にならぶ木ぞなかりけり   西行

そしてあの櫻に執り付かれた想いを歌に託し

その歌の通りにこの世を去っていった。

 ねがはくは花のもとにて春しなん

   その如月の望月のころ    西行

櫻狂いは何も今に初まったことではないのですよ。

もう櫻は坂東の地を離れ、みちのくへ行ってしまったかと

北に向かえば、

雪解け水を集め轟々と音を立てる坂東太郎の川岸から見渡せば

こんもりとした森一面に櫻の花の今が盛りと咲く様に思わず

駆け上るのでありますよ。

聞けばかつての武人達の力の保持の為に作られた城跡だという。

中世の戦に明け暮れた城跡も今は櫻の森、

かつての箱田城址に佇めば、春霞の榛名の山々が朧に浮かんでいる。

この高みから見渡せば、あそこにも其処にも櫻爛漫と見えたり。

城跡を後に其の櫻を目指してみれば、別段の特別な櫻とも思えぬが

この地の櫻人が植えし想いが重ねられことのほか遅い春の喜びを

感じるのでありますよ。

旅に出る前にあの美しかった伯母の身罷れし報に接し、

突然のことに身の震える想いでありました。

人の命は、風の前の露のごとし・・・

櫻に伯母の美しかった笑顔を重ねてしまう。

もうこの櫻はそちら側からご覧になられるのですね。

今宵はその伯母の通夜、この美しい櫻を届けに行かなければ・・・