品川で仕事を終えた、空は太陽が輝いている、

「どこか旅でもするか・・・」

行き先定めぬ旅立ちはいつものこと、駅で最初にやってきた

電車に乗り込んだ。

どうやら木更津行きらしい、

「木更津はつい最近お祭りで行ったばかりだしな、

まあいいや、終着駅に着いたら考えればいいさ」

真夏の列車の中は適度にクーラーが効いていていつしか眠ってしまった

らしい。

「終点ですよ」

と声を掛けられ目をこすりながら列車を降りる、

JR久留里線って木更津から出ていたのか、時刻表を見ると

一時間に一本は走っているらしい、

「そうだ、久留里へ行ってみよう」

もう何度も訪ねている町だが、行く度にそこにあったはずの店が

消えている町でもあるのです、

「小春食堂はまだあるだろうか・・・」

東京から列車を乗り継いで2時間半、

なんだかえらく遠くまで来た気分ですよ。

駅前は相変わらず閑散としていて、空がやけに広い、

城下町のたたずまいは今はもうない、

それでも昭和がまだそのまま残されている商店街

(ほとんどシャッターが下りている)

重厚な木村金物店は健在でした、なんだかほっとして

あの小春食堂を探す、

ありましたよ、いつだったか空腹でフラフラになりながら

飛び込んだ日のことを思い出す。

「あの時は確かカツ丼を貪るように食べたっけ」

でも今回は、空腹ではない、小春食堂がまだ暖簾を下げていることを

確認できただけでなんだか嬉しくなってしまった。

久留里はかつては三万石のれっきとした城下町、

いくら時代が変わったからといって東京のように全てが新しくなる

なんていうことはないのです、

先ほどの木村金物店は確か明治初期の店蔵、

そこはかとなく古式を放つ店がところどころに点在している様は

なんと切なくも美しいものですね。

城下町に住む武士達が内職に始めた黒文字楊枝が

今でも細々と作られているのですよ、

いつも立ち寄る 小島屋さんで ザクと呼ばれる

一番短い楊枝を四袋(一袋¥500)所望する。

土産にはかさばらず喜ばれる品ですな。

箱根細工の楊枝入れにこの黒文字楊枝をつめて持ち歩くのですが、

なんだかとても豊かな気分になれるのですよ。

それにしても人影の少ない通りです、

新井白石がかつてこの町に居たことは前回の町歩きで知りましたが、

町の通りをのんびり歩いて角を曲がると心地よい風と鉢合わせ、

「あっ、この路地の先が新井白石が居たという横丁だ!」

まさに風が教えてくれた旅の記憶です。

ふらいふらりと彷徨っていただけでいつの間にか二時間も刻が過ぎて

おりました、駅に戻ると一時間に一本の久留里線が間もなくやってきます、

風の記憶と黒文字楊枝を懐に再び走り出した旅の途中でございます。