関東ではあまり行われないのですが、

九州では秋の訪れを告げる九月半ばになると

「放生会」という殺生を戒める神事に出会うのです。

特に筥崎宮の「放生会(ほうじょうや)」は博多祇園山笠と

並ぶほどに盛大に行われるのです。

実りの秋を迎え、山の幸、海の幸に感謝するお祭でもある

「放生会」では、

ハトや金魚を放す放生神事が今も行われているのですが、

その歴史を遡れば千年も昔の日本人の優しさに辿り着くと

いいます。

その「放生会」とは、捕獲した魚や鳥獣を野に放し、

殺生を戒める宗教儀式で、

仏教の戒律である「殺生戒」を元とし、

日本では神仏習合によって神道にも取り入れられ、

全国の寺院や、宇佐神宮から派生した八幡宮等で

特に神事として継承されてきたようです。

特に江戸に伝わった「放生会」は、歌川広重の

『名所江戸百景 深川万年橋』の浮世絵にも

取り入れられるほど一般的に行われていたのです。

あの深川八幡宮の祭りも昔は放生会例大祭だった

といいます。

しかし、明治元年に神仏分離のため放生会は

禁止というけったいなお触れのために急速に

消えてしまったのです。

宇佐八幡宮も、石清水八幡宮も、そして

鎌倉鶴岡八幡宮も「放生会」が出来なくなり、

仲秋祭とか立秋祭と名を変えて神事だけは続けられて

おりますが、

殺生という意味は薄れてしまったことは残念なことですね。

さて、相変わらず前フリが長くなってしまいましたが、

今回は、鎌倉御霊神社祭礼に行われる『面掛け行列』です。

この行列は何度も訪ねているのですが、

時間が間に合わなかったり、

急の雨で中止になったりと、

中々縁ができませんでね、

会えないということは、想いばかりが募るのでございますよ、

その出会えない間じっくりとその面掛け行列の歴史を調べると、

鶴岡八幡宮の放生会で行われていた面掛け行列が、

明治になると放生会そのものが無くなってしまい、

一緒に面掛け行列も消えてしまったらしいのです。

その面掛け行列が、なぜ御霊神社の例大祭に取り入れられたのかは

まだ謎のままですが、神事は謎の多いほうが神秘性が生じて

かえって人の心を捉えるのかもしれないところが、

面白いのかもしれませんですよ。

毎年九月十八日(この日は祭神鎌倉権五郎景政の命日で、

さらに権五郎景政は歌舞伎十八番「暫」のモデルなんだとか)、

例大祭が行われるのですが、いつからか、奇怪な面を付けた

十人の人々が無言の行列を作って歩くことの方が有名になり、

多くの人々を惹きつけてやまないのです。

この行列はかつては『非人面行列』と呼ばれていた

といいます。

あの奇怪な面はそのことを表現しているのでしょうか、

中でも孕み女を中心とした不思議な行列は、

『孕女(はらみっと)の面掛け行列』

と呼ばれる列記とした神幸祭として意味つけられて

いるのだそうです。

聴けば、やはりここにも伝説がありました、

登場してくるのはあの恐妻家頼朝公でございます。

芸能頭の娘とねんごろになった頼朝公、

ついケジメがつかずその娘を孕ましてしまったとか、

苦肉の策はその芸能頭一族を護衛役に配し、一年に一度、

無礼講を許したのだそうで、

身分が低いというので、大衆に顔を見られることを避けるために

面を付けさせることで行列をゆるしたとか、

実に面白おかしく言い伝えられているあたりは、

いかにも人間らしくて、およそ他の祭りとのあまりにも

異なる奇祭にかえって人気が人気を呼び、

今の世に続いているのかもしれませんですよ。

「ジャラン、ジャラン」 

金棒をついた陣笠姿の露払いが先導する行列がやってくる、

締め注連榊、鉾に続いて天狗面(多分猿田彦ではないか)、

太刀持ち、弓矢、その後ろには

平礼烏帽子に白張姿で白旗をささげた十二人が続き、

先鑓、獅子頭面(古式ゆかしい)二人、

そして奇怪な面がいよいよやってくる、

一番、爺。二番、鬼。三番、異形。四番、鼻長。

五番、烏天狗、六番、翁。七番、火吹き男(火男)。

八番、福禄寿、

そして九番があの、阿亀(孕み女)。十番、女(取り上げ)。

どうやらこの順番は厳しく定められているらしい。

さらに御刀、宝刀、浅沓持ち、礼人、神主、神楽師、

袴姿の十二人、そしてその後から神輿が白張姿の担ぎ手に

よって静々と進んでくる。

しんがりは槍三本が護衛らしい。

なんといっても一番人気は 孕み女、

沿道の女性達が、キャーキャーと歓声をあげながら

そのせり出したお腹を擦るのです。どうやら安産に

効き目があるらしいとか。

まことに奇怪の中にユーモア溢れる行列でありますよ。

行列そのものはわずか一時間ばかりで再び御霊神社へと

戻り、あっけないほどに終わりを告げるのです、

みんなの顔に安堵の表情が浮かぶと、直会のお神酒が振舞われる、

手締めの前に、目出度い天王唄が謡われた、

「めでた めでたの 若松様よ ハーヨイ

 枝も栄えて ヤーレコラ

 葉も茂る オモシロヤ」

「御霊 神社の景政公は ハーヨイ

 武士の鑑で ヤーレコラ

 神となる オモシロヤ」

やっと念願かなった面掛け神事でございました。

(2017年9月鎌倉坂ノ下御霊神社にて)