大学生というのは、未成年から大人に替わっていく四年間
(中には8年の猛者もいた)をどう過ごすかで、
どんな大人になっていくかがはっきり見えてくる大切な時期なのですが
受験勉強から解放された瞬間から、興味は勉強以外の全てに
向かってしまうのは今も、昔もちっとも変わってはいないのでしょうね。
午後の授業が教授の都合で休講になると(アタシの通っていた大学は
これが多かったんですよ)
「銀ブラでもするか」
が悪友仲間の口癖でしてね、学校の前からバスに乗ると銀座まで簡単に
やってこられるのですよ、
小松ストアーの前でバスを降りると、そのままストアーを通り抜け、
すずらん通りへ、
その二軒隣に私等の溜まり場がありましてね、
今から半世紀以上も前のことですから
記憶を辿ってみると、
その当時、銀座には多くの喫茶店文化が花開いていたのです。
ジャズ喫茶、
歌声喫茶(これは近づききませんでした)、
純喫茶に美人喫茶・・・
その美人喫茶『ボンソワール』が何時の間にかアタシ等の
溜まり場になっていたんです。
今、考えるとおおらかな時代だったのですね、
二階の窓際の席(8人くらい座れるソファー)には必ず誰かしらが
陣取っていて、入り口から二階席を見上げると、
仲間が「ヨーッ!」なんて合図を送ってくるのが日課なのです。
そうそう、美人喫茶ってなんだかわかりませんよね、
御酒を出すクラブには美人のオネーサンが星の数ほどおりましたが、
珈琲だけで、まだ素人の雰囲気を残した飛び切りの美人が応対して
くれるという喫茶店で、酒を飲めない大学生には天国のような
店だったのです。
曲は必ず越路吹雪のシャンソンが流れていましたっけ。
タイトスカートに真っ白なシャツ、10cm以上もあるハイヒールを履いて
「何になさいます」
なんて聞いてもらえるだけでもう、みんな、うっとり、
それだけで、毎日通ったんですから 可愛いものでしたね。
それにしても、当時の美人喫茶のお姉さんは、ものすごく大人に
見えたのですが
今想うと、歳はそんなに離れてはいなかったのですね。
仲間が、ひとり集まり、二人、三人と集まってくると
「それじゃ、銀ブラにでかけるか」
何しろ、毎日の珈琲代金を払うと、もうバス代しか残ってないのですから
銀座をブラブラするしか外にやれることはなかったのですがね。
ある日のこと、男同士でつるんでいても色気がない、
「おい、ナンパしてみるか」
ナンパなんていう言葉は今はもう死語ですかね、
時間は一時間、それぞれに相手を連れて「ボンソワール」へ集合。
そのかわり単独行動のこと、要するに肝試しみたいなものですよ。
時計を合わせて、並木通りの角でスタート。
当時はまだ家庭のしつけが喧しい時代でしたから、ひとりで歩いている
女性に声を掛けるだけで、ケンモホロロが当たり前、
そのとき、向こうから歩いてくる女性が、アタシの顔を見て微笑んだのです。
「あの、お茶でも呑みに行きませんか」
間髪居れずにグッド・タイミング!
その時ですよ、
「○○くん、まだそんなことやってるの」
ドキ!!
何処からみても初めて会う女性なのにいきなりアタシの名を呼ばれたんですから
こっちはしどろもどろ、
「ええー、アアー その・・・」
「私よ」
「私って、どこの私?」
名前を聞いて、何と一年前まで同じ学び舎で一緒だった△△さん、
だって、セーラー服じゃないし、髪の毛はショートだし、だいち化粧まで
してるんですよ。
つくづくおもいましたね。男は女性の足元にも寄れない初心(ウブ)なんだって。
一時間後、△△さんを連れて 「ボンソワール」へ戻ると
他の二人は夫々情けない顔で水ばかり飲んでいるんです。
「お前等、駄目だったのか!」
高校の同級生を連れてきたとは知らぬ悪友達は、盛んにおべんちゃらを
並べるのでありました。
先ほど恥をかいたと想ったアタシは、△△さんのその後の機転で男をあげたのですがね。
悪友も、△△さんももうみんないい年の老人になりました、
銀座は青春の思い出の詰まった街、
立ち止まったコマツストアーのショーウインドーに写った自分の姿を見つめながら
しみじみとあの頃の思い出に耽った銀ブラの夕暮れです。
銀座すずらん通りにて
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