以前、一言主神社の奉祝祭に伺った折り、

「大塚戸芸能保存会」による「綱火」を観る機会がありましてね、

張り巡らされた綱にカラクリ人形と仕掛け花火が結合した

特殊伝統芸能ではるか江戸時代初めから伝わっているというのです。

花火といえば子供のころから浅草隅田川の打ち上げ花火しか

記憶になかった者には、とても新鮮で不思議な世界へ惹き込まれて

いたのです。

その後、調べてみると日本中でこの「綱火」は茨城県内に三か所だけ

残る特殊芸能だと判りましてね。

一言主神社の大塚戸芸能保存会の他にあと二か所は旧伊奈町の愛宕神社

の例祭に奉納される「綱火」と判ったのです。

毎年8月21日、高岡愛宕神社の例祭では高岡流綱火が奉納されるのですが

今年は間に合いませんでした、残るは

8月24日に小張愛宕神社の例祭に小張松下流綱火が奉納されると知り

浅草からつくばエクスプレスに飛び乗りやってきたというわけでございます。

みらい平駅で降りると、そこはまるで本物の未来都市のように

マンションが並び建ち、広い道路が縦横に走り、肝心の小張愛宕神社への

道筋が皆目わからないのです。

マンションはあれど歩く人の姿はなく道を聞くこともできず、

途方にくれていると、一台の車からご婦人が降りてこられ、

「道に迷ってしまって神社へたどり着けないのです」

と訳をお話しすると

「私の車でよければ送っていきますよ」

ああなんたる親切、なんたる慈悲かと感無量でございました。

何度もお礼の言葉を尽くしても足りないほどの感謝の意を表して

神社の参道へ一歩踏み入れると、そこはなんとも懐かしさを感じる

昔のお祭りの情景が繰り広げられているのです。

それにしても、あたりは暗闇に覆われているではないですか、

都会では遠の昔に無くなってしまった闇が、ここには存在して

いるのです、参道を進むと祭りの大幟がはためいている、

鳥居をくぐり境内に入ると、意外にも大勢の人々がかすかな灯りの中に

浮かんでおりますよ。

本殿でお参りを済ませるとどうやら「綱火」の支度が整ったようです、

本日の演目は

1.三番叟

2.大利根川の舟遊び

3.桃太郎

果たしてどんな演目なのかドキドキしながら待ちわびるというのは

しばらく味わったことのないモノでございます。

闇の中に火柱が上がった

不思議な音色の笛、太鼓のお囃子が流れる、ずいぶんあちこちの祭りで

お囃子は聞いてまいりましたが、笛が和音を奏で、太鼓が心に染み入る

ように伝わってまいります。

複雑に張り巡らされた綱が引かれると、三番叟の人形が火を放ちながら

空中を舞うのです。

その火を見つめていると、ここがどこなのか、あの世とこの世を結ぶ

途中のような気になっておりましたよ。

花火が燃え尽きる時間はそう長くはありません、

三番叟は空中をゆらゆらとゆれながら元の位置に戻ると、花火は消え

再び闇が戻ってくるのです。

小張松下流綱火は、綱火を考案した戦国時代の小張城主松下石見守の名に

由来するとのこと、国指定重要無形民俗文化財に指定されていることが

納得できました。

演目は5~6分で終わってしまいます、花火という特殊な仕掛けですから

長時間続けることは無理ですよ、次の演目は一時間後、花火の仕掛けを

作り出すだけでも大変な作業だと知るのです。

その待ち時間を利用して、露店の店をめぐる楽しみがあるのです、

なにしろ周りには飲食店もありませんから、のどが渇けば露店で、

お腹が空けば露店で、他にないのですから露店が必要かつありがたい

存在というわけですな。

アタシも焼きそばを所望、口に頬張っていると

「東西、東西!煙火奉納 つくばみらい市○○殿奉納!」

となんとも時代かかった講釈が流れると、

「ヒュー ドカン!」

夜空に見事な打ち上げ花火が上がった、

どこからともなく歓声があがる、

「東西、東西!煙火奉納 

 つくばみらい市○○殿奉納!五連発でござい」

「ヒュー ドカン!ドカン!ドカン!ドカン!ドカン!」

なかなか太っ腹な奉納者でございますな。

これなら、待ち時間はあっという間に過ぎていきますよ。

次なる演目は「大利根川の舟遊び」

火柱が上がると、暗闇に浮かんだのは屋形舟、

火を噴きながらゆらゆらと空を舞うように進んでいく、

屋形舟には数人が乗っていますよ、

闇の中でそこだけ輝いている、

この闇が無かったら、こんなに劇的な舞台はできないでしょうね、

どこまでも天に向かって漕ぎ出していった屋形舟は

やがて暗闇の中に消えていく、

果たしてどこへ向かったのか、余韻を残して第二幕が終わる、

最後の演目「桃太郎」はさらに一時間後、

帰りの電車を思うと、このあたりで帰らないと・・・

後ろ髪引かれる想いで境内を後に駅へ向かう、

さて、先ほどまでは暗闇の効果に一喜一憂していたはずのその暗闇、

来るときは、親切なご婦人の車に便乗させていただき楽して

まいりましたが、駅へ戻る道が判りません、かろうじて見覚えのある

マンション群を目指して歩く、歩く、歩く、

道野辺では秋の虫の音、遠くから先ほどまで聞いていた

お囃子が聞こえている、

迷い迷って一時間後、やっと駅に着いた時は、へなへなとその場に

へたり込んでおりました。

それでも、なんとも不思議な祭りを思い出しながら浅草に戻る

祭り旅の途中でございます。

(2018年夏)