妙雲尼と高尾太夫という美女(そう思い描いているのです)二人との道行きなど楽しんで夜は名うての温泉三昧、これ以上の極楽はあるものかと興奮状態で眠りについたが、夜中に何度も目が覚めたのは悲しい落武者の祟りだったのだろうか、そういえば義経の娘婿であった源有綱がこの塩原の地まで逃げ延び、鍾乳洞に匿われたという伝説も伝わっている。
その鍾乳洞は源三窟として観光名所になっている。
義経や弁慶とはぐれた有綱は、大和で北条時定の残党狩りに見つかり奮戦するも敗走、深山に入って自害したということになっていたはずだが、伝説とは事実とは異なるから面白いの、あの義経でさえ竜飛岬から北海道に渡り、ジンギスハーンになったなどという夢のような話が出来上がるから、伝説はよだれが出るほど楽しいのでありますよ。
また、こんな茶々を入れていると武者姿が枕元にたっているかもしれないからご勘弁を・・・

いつもいつも昔ばかり見つめて旅をしていてもカビが生えそうで、気晴らしに温泉街を散策、そうなると目は美味しい蕎麦処を探すのでありますよ。
これも、経験を積んでくると、店構えを見ただけで味が判ろうというもので、ありましたよ、温泉街の観光客相手とは明らかに一線を画した店構え

名を そば処『是庵 たみ吉』

食事時間を外れていたため先客は一組だけ。
玄関にはさりげなくホタルブクロが飾られている。
まるで茶人のお宅を訪ねた趣に思わずニヤリ。
蕎麦の味もさることながら私はこのお宅の間取りとご主人の持て成しの心栄えにすっかり魅せられておりました。
野草の話からすっかり打ち解けたご主人からこの家の成り立ちをお聞きする。

かつては魚を各旅館に卸す仕事を手広く商っていた先代はかなりの趣味人いや遊び上手であったとか、60年前にこの家を立て替えた時、当時の職人の腕と材料にいとめを付けずに建てたのだという。
ご主人はひとつひとつ父親を思い出すように丁寧に説明してくださるのでした。
まゆみの床柱に金張りの襖、明り窓に描かれた職人の技、どれをとっても昔の仕事の手間隙掛けた出来栄えに唯々目を見張るばかりでありました。

一介の客にもかかわらずご丁寧な応対にご主人の人柄が判ろうというもの。
「息子が跡を継がないというので、親父にには申し訳ないが私の代で魚商を断念、今はこの家を皆様に楽しんでいただきながら美味しい蕎麦を味わっていただければと願っております。」
家業について悩んだ末に答えを出したご主人の生き方に妙に親近感を覚えるのでありました。

さり気無く飾られた掛け塾は雲巌寺58代植木老師85歳の書、先代の交友関係が偲ばれる見事なものでした。
こういう出逢いがあるから旅をやめられないのですね。
たかが蕎麦屋、されど蕎麦屋。必ずもう一度訪ねたいと思わせて客を送り出す『是庵 たみ吉』、一級品でございます。
蕎麦好きの友を喜ばす店を見つけられた嬉しさで心も弾む旅の途中・・・

『是庵 たみ吉』
 那須郡塩原町下塩原736
 0287-32-2022
 AM11:00〜PM3:00 PM 5:00〜PM6:30
 定休日 水曜日
 駐車場 4台
あなたも旅の途中にいかがですか。