この冬は例年になく北国から早々と雪の便りが届いておりました、
「一晩で80センチも積もった、昨日雪掻きしたのにまたやり直しだ」
と年老いた友人は少しぼやきながら、それでも雪国では当たり前なのだ
という確信のこもった声が電話の向こうで呟いていた。
「辛抱強くなるはずだ・・・」
そう伝えたが、なんの慰めにもならないとこちらも笑い声で
応対するしかなかった。
朝からの雨はやがて今年の初雪に変わった、
三時間も降り続くと辺りは銀世界へと変わっていく、
何の変哲の無い大都会が情緒ある風情に変貌する、
珍しい大都会の雪に、晴れ着の新成人たちは
「これもいい想い出になりますよ」
とあっけらかんと笑った。
休日の子供達は、ゲームを放り出して駆け回る、
自然の持つ力とは一瞬にして人間の習慣をいとも簡単に
壊してくれるものかな と希望を見つけた気がしておりました、
しかし、現実はそうロマンチックではないことを、イヤというほど
突きつけるのでありますよ、
たった7センチの積もった雪、
それは、大都会を大混乱に陥れるに十分な現実なのですよ。
朝の天気予報は雨だが雪にはならないだろう と暢気な口ぶりだった
ノーマルタイヤで買い物に出かけた人々は、その7センチの雪の効果に
全く気づいていないのです、
発進しようとアクセルを踏めば、空回りするだけで車は何処へ行くか
運転者の意思とは全く異なる挙動を示す、慌ててブレーキを踏めば
止まるどころか滑ったまま前の車に衝突する、
大都会東京は平坦な土地だと思ったら大違いなんですよ、
橋が、地下道が、人工の坂道を彼方此方に仕掛けてあることを
知らぬ人々が、ノーマルタイヤでその僅かな坂道を勇敢にも
登っていく、結果は明らかで、その坂の途中で斜めに道を塞いで
にっちもさっちもいかずに止まってしまう、
後ろに続くのは逃げ場を失った長い渋滞の車の列、
こうして街の彼方此方に車の列が出来上がるのです、
数年に一度位の雪のために、大都会では除雪車など用意はしていないのですよ、
これが経済原則に忠実な大都会の原理原則、そこで何が起こるかというと、
その斜めに止まったノーマルタイヤの車を、後ろの列に並んだ渋滞の車の
運転者達が人海戦術で押して道の横に寄せるのです、
ねっ、いくら文明が進んだからといって、最後にモノを云うのは人の力だと
気づくのですよ、
「こんな日に車なんか乗るからだ」
と嘲笑しながら脇を抜けていった歩行者が見事にひっくり返った、
足元は、底のつるつるな革靴、
ハイヒールのファッション優先の女性がその隣へ滑り込んだ、
7センチの雪は、大都会を大混乱に陥れるのでございます。
いつもなら30分で帰れる道を2時間半掛かってようやく我が家へ辿り着く、
いくらタイヤを冬用に変えていても、大都会じゃ直ぐに渋滞で
役にたたないのですよ、
雪国の友人から電話が入る、
「そっちは大雪らしいね、」
その声の響きには、7センチの雪で何を慌ててるのか という
戒めの響きがこもっておりました。
そういえば、あの渋滞の中でラジオから地震速報が入った、
最悪の状態での災害に捲き込まれたら、果たして大都会では
命を守ることが出来るだろうか、アタシたちは文明の利器と引き換えに
危険な風土を忘れることに熱心な国民に成り果てたのではないか
僅か7センチの雪がそのことに気づかせてくれたなら、
どうにか考え方がかわるだろうか、それとも
なるようにしかならないさ と開き直るしかないのだろうか、
雪国の友は、
「せいぜい腰を痛めないように雪掻きでもしろよ」
と電話を切った。
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