昔、弟橘媛のなきがらがこの島に漂着し、
里人ここに葬りしずめ、
みささぎ島、又その操をたたえて、操島と称した。
「みさご島って呼んでるよ」
老漁師のHさんは、何気ないように応えてくれた。
「こっちが浮島って言うんだ」
あの景行天皇が小碓王を偲んで冬十月、海路安房を目指して
訪ねたという伝説の島である。
「その向こうの浜の先に、源頼朝が上陸した場所がありますよ」
夕暮れの岸壁で声をおかけしたSさんが教えてくださった。
「まるで、歴史の彼方を覗き見ている気分ですね」
初めで出会ったお二人と、西の空を眺めながら
とりとめなく話が続いていた。
「そろそろ陽が沈みますね」
伊豆大島が手の届きそうな近さに感じる、
天城山の美しい山容、
先程まで霞んでいた富士がはっきりと紅の空に姿を現した。
見つめる三人は顔を紅く染めた西日を浴びながら
黙ったままじっと西の空を見つめておりました。
この入日が見知らぬ同士を結びつけてくれたのでしょう、
今はもう船には乗らなくなったHさんは
「おれ、今は若布の養殖やってるんだ、今度来たら
飛び切り旨い若布を御馳走するからまた会いにこいよ」
岸壁から振り向くと漁港が今日の最後の光に浮き上がっていた、
「おやじさん、あの後ろの山の木は桜じゃないのかい」
「ああ、満開になるとそりゃ綺麗なもんさ」
またひとつ、今年の桜を見る旅が増えました。
「なんとか魚をもう一度見直さなければこの国の食料は
大変なことになるかもしれないですよ」
Sさんは、漁業関係の団体を定年退職したあと、どうしたら魚を
もっとみんなに知ってもらえるか、そのことばかり考えていると
目を輝かせて語ってくれました。
「Sさんのそれだけの魚の知識と経験を生かさない手は
ありませんよ、
みんなが諦めたらこの国は終わってしまいますよ、
今年は日本中の漁港と 漁師さんにできるだけ沢山
お逢いしたいと思っているんです、Sさんのその
魚への見識をどうぞ聞かせてください」
今年の海への旅は思わぬ出逢いから始まりました。
結果はどうなるかは誰もわかりませんが、
魚をもう一度見直すために動き出した大人がひとり、
又ひとりと増えていったらこの閉塞したこの国の
今に横穴くらいは開けられるかもしれませんよ。
そんな意気込みを語りながら、再会を約した紅の海に
まるで心が洗われるように波の音だけが繰り返し
聞こえておりました。
今年も良い旅ができそうな予感の初旅の途中です。
Sさん、Hさん、素敵な出逢いをありがとうございました。
房総 勝山漁港にて
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