長雨の季節だった九月の日々も、冷たい雨とともに

静かに過ぎていくのでありますよ。

「おっ!冷たいね」

今朝、顔を洗った途端、「ぶるっ!」と冷たさが

身に沁みましてね、

いよいよ秋も深まった九月尽、

日本の季節は正直ですね、ちゃんと衣替えの時期を

教えてくれるのですよ。

冷暖房が当たり前の時代に育った若者にはあまり必要だとは

思えないでしょうが、古来より、アタシたちのご先祖様は

暑さ寒さの調整を、

(たぶんに精神的な意味合いの方が強いとは思いますが)

衣類によってけじめをつけていたのです。

10/1~翌5/31までを 袷(裏地のついた温かいきもの)

6/1~6/30は単衣

7/1~8/31は薄物

9/1~9/30が再び単衣

そして10/1から袷 というわけで、

案外、この決まりごとが繊細な季節感を感じ取る精神を

育てていたのかもしれません。

そりゃ、袷を着て

「今日はちょいと暑いな」

そんな日もありますが、そこはじっと我慢するのですよ、

その我慢する心が人の精神を豊かにもし、独りよがりのこころに

ブレーキをかける役目をしていることに、もっと気づいてほしいですね。

よく街中で見かけるのですが、異人さんが真冬に半袖で毛むくじゃらの

腕を出して歩いているのに出くわすと、

「此の人等には粋な生き方なぞお呼びじゃないよ」

とつい想ってしまうのですよ。

近頃じゃ、若いもんも

「暑いのだからいいじゃないか」

という理屈で、端から見るとみっともない服装を平気で

着て歩いているけれど、精神までだらしなく感じてしまうのは

年寄りの僻みですかね。

昔は、親が煩く注意したもんですがね、

「みっともない、親が笑われるんだ!」

とね。

でも、考えてみれば、そのみっともない姿を黙認している親を

育てたのはアタシ等の世代なんですな、

やっぱり、口うるさく嫌味でもなんでも言わないと

親子三代に祟るということですかね。

実はケジメの付かない人間ほど恐ろしいモノはないのです、

世の中で一番始末の悪いのは

「躾のされない飼い犬」なんだそうで、

人間もオギャと生まれて最初は可愛さの代表でしょ、

可愛い、可愛いと躾を間違えると、

たった10年で、手に負えない怪獣みたいに育っちまうのですよ、

そうなったら、噛み付くは、暴れるは、万引きはするは、

そういうのを「後のまつり」というのです。

過ぎて行く九月の後姿へ、

「嫌なことも一緒に持っていってくれまいか」

と声を掛けた冷たい雨の東京散歩でございます。