「春夏秋冬花不断」「東西南北客争来」
詩人・大窪詩仏の書いた木版をしげしげと眺めながら
庭門をくぐると、さすが秋の萩まつり、
いつも訪ねる平日の夕方など、人の気配が木々に隠れて
静かな散策を楽しめるのですが、久しぶりに庭園には人の影
ほとんどの人が高齢者とあって、みなさん静かに
秋の草花を愛で、俳句の一句もひねり出す御仁が静かに
佇む姿いとおかし。
江戸の昔から此処は町人文化が作り上げた花園、
大名屋敷の庭園とは一線を画した手入れをしていることを
見せずに自然のままの趣をさりげなく表し、
古典に詠まれている草花がさりげなく咲いていたりして
江戸の粋と絡み合って独特の雰囲気を醸し出しているのです。
四季それぞれに百花の乱れ咲く園、まさに百花園とは
言いえて妙な名でありますな。
「分け入りて 露に濡れたり 萩の原 」 墨田区 治浪
雨上がりの小道に咲く萩の露がズボンの裾を濡らす、
萩の花は妙にこころを惑わすものですね、
「父母に なき歳月を生き 月祀る」 ひこばえ 花子
人生長く乗り越えた先でふと見つめた月に、父母を想うこころが
滲んでいる句の前で立ち止まってしまいます。
「萩咲くや 俯きがちに 歩く癖」 喜美香
「萩の道 ふれたる髪に とどめおく」 圭女
何気なくすれ違う人の優しさを引き出す力が草花にはあることを
改めて知る。
「こんなに沢山あると花の名を覚えられん」
老人が自分に腹を立てるように呟く、
「名前は人間が勝手につけただけのもの、そんなにむきになって
覚えなくてもいいのではないですか、もうアタシ等みたいな老人は
すぐに忘れるのですから」
「そう言われりゃそうだね、何でも頭に詰め込まないと安心できないのですよ
そういう生き方をしてきたということか・・・」
花を前にして、人生を語り合う、
「その花の名わかりますか」
「ぬすびとはぎと書いてあるな」
「ひどい名でしょ、花が盗人じゃないのにこんな名を付けられて」
「いやまてよ、人の心を盗むほど美しいということかな」
「いいですね、そう感じる人が名をつけたなら花も喜ぶでしょうね
この名前の由来を先ほど案内人の方にお聞きしたんですよ、
花が終わり実が出来ると、その実の形が盗人の逃げる足跡に似ている
からだそうで、つま先でそっと逃げるとき地面に残った足跡がこの実に
そっくりだと ぬすびとはぎ と付けられたそうですよ」
「なんだか理由を知るんじゃなかったという気になりますな」
花の名には、美しさだけではなく、なにか人間の怨念まで表そうという
意思が含まれているのかもしれませんね。
ほら彼岸花にはシビトバナ、ステゴグサ、ユウレイバナ、ヤクビョウバナ
なんていう不吉な名が付けられているじゃないですか、
どうせなら、其の花の名を聞くと思わず笑顔になってしまうような名が
いいですね、
萩、芒、藤袴、吾亦紅、名月草、紫苑、芙蓉、水引、玉簾・・・
この白い花は
しもばしら だそうですよ、
秋の日は心穏やかに過ぎ行くものかな。
向島百花園にて
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