やっと彩を増し始めた木々の葉を
山から吹き降ろす冷たい風が揺らし始め、
まるで吸い込まれてしまいそうな青空を
一日中眺め尽くしていた小さな旅から戻る。
そのまま持って帰ってきたかと思うほど、
あの山の上に広がっていた空と区別がつかない
ブルーが眩しい。
大都会のオアシスのような森の中に彷徨いこんでみると、
木々の彩りが秋を深めている、
それでも都会の昼休みに少しでもその風にあたりたいと
多くの人が日陰になっている芝生の上で
思い切り手足を伸ばしている。
約束の時間が迫ると、
昼休みの人たちはビルの中の仕事場へと帰っていく、
都会の森に残された一握りの人は、不安そうな顔で
スーツ姿の群れを見送るのです。
その都会の森から一歩出ると其処はありとあらゆるものが手に入れる
ことの出来る都会という名の街。
どの店も座る席などなかった昼休みも過ぎてしまえば
後片付けのウエイターが忙しく立ち働き、
やがてそれも一段落すると
店の中には、けだるい空気だけが漂っている。
「まだいいかい」
「どうぞ、どの席でもご自由に」
ノンビリと遅い昼食、心なしかウエイターの対応が優しい、
戦場のような都会の昼飯合戦を終えた安堵のため息が
微かに聞こえていた。
小一時間かけて遅い昼食を済ませると、再び街へと繰り出してみる。
「あれ婆さん、随分凄まじい顔で何を睨んでるのさ」
「あたしゃ、300年もここ二座っているけどな、次から次と家が建ち
今じゃギアマンと硬い柱の家が建ち並んで、あたしのの存在なんて
誰も気づきやしないのさ」
「ところで、そこで何をしてるのさ」
「オマエさんも知らないのかい、あたしゃ閻魔様の下で働く
三途川の老婆でな、人は奪衣婆なんて呼ぶが、あたしの霊力は
この内藤新宿じゃ知らぬものはいないといわれていたのさ、
昔は参拝客の線香の煙が四谷までたなびいたもんだったが、
今じゃこの通り寂しいものだよ」
「いやいや、江戸の名残がこの大都会に残されていただけでも
奇跡というものですよ、これも婆様の霊力なんでしょうね」
「嬉しいことをお言いじゃないか、ちょいとここで休んでいくかい」
「いや、まだ三途川は渡りたくないからね、ここで失礼いたしますよ」
「折角話し相手が出来たかと思ったのにな」
「必ずお目にかかる時が参りますので、その節はお手柔らかに
お願いいたしますよ、それじゃこれにて」
アタシは脇目も振らずに逃げ帰ってまいりました。
それにしても大都会の真ん中にぽつんと得体の知れない場所が
あるものですね、
どうぞ、その穴に落ち込まないように気をつけてくださいよ。
新宿成覚寺にて
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