作夜の雨は夜更けに雪に変わったらしい、

静かな夜更けにオフクロを思い出していた、

小唄の師匠だったオフクロのつま弾く三味線に

オフクロのくぐもった声が重なってくる。

「重くなるとも持つ手は二人
     傘に降れ降れ夜の雪」

初めて聞いたのはまだ学生の頃だった、

あれからどれくらいの月日が過ぎたのだろう

「芸は身を助けるって本当だよ」

芸事の好きだった爺さんから習った三味線が

母の人生の最期まで三味線を離さずに生きられた時、

そう話したことが最後の言葉だった。

オフクロを見送ってもうふた昔になる、

相変わらず粋な言葉を聞かせてくれる、

「積もる思いにいつしか門の
     雪が隠した下駄の跡」

愚痴ひとつこぼさなかったオフクロは

自分の想いものせながら小唄を唄っていたんだと

この歳になって気づくとは・・・

「面白いときゃお前とふたり
    苦労するときゃわしゃひとり」

親父の小言は後になるほど効いてくるとはいうけれど

オフクロの小唄は歳を重ねるほど

心に響いてくるものだったんですよ。

「あの人のどこがいいかと尋ねる人に
     どこが悪いと問い返す 」

「人の口には戸は立てながら
    門を細めに開けて待つ」

もう遺伝としか考えられない親父の素行に

だまって耐えていたオフクロの顔が浮かんで消えた

今は一緒の墓に入っているたオヤジは

どんな顔をしてるのだろう・・・

「不二の雪さえとけるというに
     心ひとつがとけぬとは」

なんて三味線に合わせてきっと唄ってるんだろうか

「丸い玉子も切りよで四角
    ものも言いようで角がたつ」

親父は口より先に手が飛んだ、

さて、この勝負つくのかつかぬのか

「遅い帰りをかれこれ言わぬ
     女房の笑顔の気味悪さ」

親父が浅草から離れなかった意味が今なら

判る気がする雪の宵か・・・

「ちらりちらりと降る雪さえも
    積もり積もりて深くなる」

そうだ、墓参りにいってこよう、

愛染明王が見守るお寺さんだもの

きっと上手くいっているはずだよ、

「野辺の若草 摘み捨てられて
      土に思いの根を残す」

「雪がつもれば思ひもつもる
    きみの足跡待つほどに」

人生は深くて不思議なものかいな。