一日一回は必ず外の空気を吸いに散歩に

出かけるのですが、義務にはしたくないですね。

ところが鼻の頭を赤くして冬の冷たい空気に触れていると

つい早足になり、こころもなにやら修行をしてる
(そんなもの修行と呼べるかとどこからか声が聞こえそうですが)

ような気分になってしまうのです。

健康のために とか 精神衛生にいいとか

そんな理屈を超えたところで散歩を楽しめたらなどと

願っていても、そういつもいつも平常心でいられないのが

朴念仁の散歩でございますよ。

何時ものようにふらりふらふら横ちょうの角で

エモイワレヌ香りに足を止める。

「沈丁花かな」

沈丁花の香りと言うのは、いかにも春が来たと感じさせて

くれるではないですか、こころなしか浮き立つ気分のその先に

「さくらですよ」

すると思わずあの歌を口ずさんでいるのです。

『♪春の宵 さくらが咲くと
 
  花ばかり さくら横ちょう』

早咲きのさくらの下できっとぽかんと口を開けて

見とれていたんでしょうね、

「きれいでしょ」

その家の主でもない通りがかりの婆様が嬉しそうに

声を掛けてくれた。

「今年も咲いたんだよ」

それは

「今年も生きていたんだよ」

と云う風に聞こえるのです。

横ちょうのさくらはその下を通る人に

幸せを振りまいてくれているのですよ。

そう、今年も咲いたさくら

散歩が華やかになりますぞ。

踏み切りのある横ちょうで電車が来る間を

待っているのさえなんだか嬉しくなるのは

 さくら を見つけたからですよ。

通り過ぎていく電車が起した風さえ春を乗せている。

『♪春の宵 さくらが咲くと

  花ばかり さくら横ちょう』

そうだあの店で美味しい珈琲を飲もう

きっと春の味がするだろうから・・・