どうやら桜が咲くとアタシの性格も、顔つきも

変わってしまうらしく、誰も寄り付こうとしなくなるんです、

そうなんです、これは病気なんです、誰かにうつせば

直るかとも思うのですが、インフルエンザのように

伝染しないのですよ、仕方なく毎年この時期になると

ひとりで発病して、ひとりで夢遊病者のように彷徨い始める

のです、まあ、他人に迷惑掛けるわけではないですから

ご容赦くださいましよ。

「何の病気かですか」

とドクターに聞いても多分病名なんか無いと思いますが、

自分では 「さくら病(やまい)」と呼んでおりますがね。

この病の困ったところは、毎年発病の仕方違うのですよ、

一度でも同じだと思えれば、それなりに治療の方法も

見つかるのでしょうが、同じさくらを訪ねてもその咲き方から

花の色、咲く時期も異なれば、散り方まで違うのですよ、

その組み合わせを考えたら、アタシの一生を掛けても

多分同じさくらに出会うことはないでしょうね。

ですから、同じさくらの元へ十年も通い続けたり、

晴れた日、曇りの日、雨の日、果ては雪の日まで選んで

通い続けてしまうのです。

嗚呼!、さくらは全く 果てがありません。

ここ五年ばかり同じさくらに通い続けておりましてね、

昔、満開のさくらに出会うまで通い続けて十年目にその満開の姿を

眼にした時は、ボロボロと涙を流したんですよ、

ところが、このさくら最初に出会った時が満開だったんです、

それから毎年訪ねているのですが、不思議なことに満開に遭遇するんです、

いいえ、事前に下調べしてから出かけているのではないのです、

急に思い立って訪ねると その糸のような枝垂れた枝に小さな無数の花を

附けて迎えてくれるのです。

今年は昨年より二週間も早く訪ねたんですよ、

そうしたら、やっぱり全ての枝にたわわに咲いたさくらが

そこにあるのですよ、

もしかしたら、以心伝心、余程相性がいいのかもしれませんよ、

いつもなら、満開を迎えると境内には笑顔の人々が群がるように

立ち尽くすのですが、今年はほとんど人の姿がありません、

二週間も早く咲いてしまったんです、きっとみなさん油断していたのかも

しれませんよ、

いつも通りに訪ねてみると、もう散り桜になってしまった、なんていう

ことになるかもしれませんね、

さくらは油断もスキもありません、

同じようには決して咲きはしないのですから、

まして、人間の都合に合わせてなんて咲いてくれないのです、

だから、アタシのような さくら病に冒される者が現れるのですよ、

ただこれだけは間違いありません、

さくらは昨年咲いたから今年はお休みなんてことはしないのです、

春が来ると、多少の狂いはあっても、必ず花を咲かせてくれるのです、

諦めかけた人間に、もう一度勇気を与えるためかもしれません、

いや、散って消えた花も、必ず再生してくるという希望をそっと

伝える為に咲くのかもしれませんよ。

地蔵院の境内で近所の小童と一緒にじっと見上げていた

さくら旅の途中でございます。