やよひのついたちより、しのびに人に物らいひてのちに、

 雨のそぼふりけるによみてつかはしける

 『おきもせず寝もせで夜を明かしては

    春のものとてながめくらしつ』

 在原業平

業平がぼんやり眺めていた春の雨は

こんなに激しくはなかっただろう、

傘を通り抜けそうな雨の中を何を好んで

歩く人がいるものか、と半分罵りながら

やって来たのは千住の長円寺、

散り始めた花に最後通告を下すように降る雨を

『花散らしの雨』といって人は恨みを含んだ眼差しを

向けるのは櫻に寄せる思いが強すぎるからだろうか。

ならばその最後の美しさを間近に感じにくる人が

いるかと思えばそんな奇特な人などこの忙しい大都会には

いやしないのですね。

誰もいない境内では紅枝垂櫻が必死に雨に絶えている。

石畳ではねた雨脚は容赦なく靴を濡らしていく。

それでも立ち去りがたいのはあまりにも美しい櫻の本性を

見てしまったからかもしれない。

傘にあたる雨音を聞きながら櫻に目を奪われていると

何かの気配が首筋に感じるのです。

ゆっくりと振り向くとそこには紅白に色分けされたハナモモが

今を盛りと咲き誇っておりました。

そうか、あまりに櫻に執着するたった一人の旅人に

「わたしにもこころを向けて・・・」

と囁いたのかもしれない。

櫻に比べて花が大きい分だけ雨が強くあたりすぎる

のでしょうか、石畳の上は見る見るうちに花の道。

「君たちもつらいだろうが、

  それを見ているしかできないのも切ないんだよ」

聞こえるはずも無い花にそっと呟いてみる。

後ろ髪引かれる想いを残して境内を後にすると、

この土砂降りの雨の中、傘もささずにずぶ濡れになりながら

ひとりの少年が私のところへやってくると、

「失礼します、この辺りに○○マンションを

  探しているのですがご存知でしょうか」

その少年のあまりに大人びた話口調に思わず噴出しそうに

なってしまった。

「住所は判るかい・・・そこならすぐ近くだから

 一緒に行ってあげるよ、それよりまず濡れた頭を

 これで拭きな」

バックからいつでも銭湯に入れるように持ち歩いている

タオルを渡す。

そのマンションの前で少年は二度頭を下げると、

「大変助かりました、ありがとうございます」

「風邪ひくなよな」

判れた後、気になって振り向くとその少年はまだその場に

佇んでおりました。

私は傘を二度振った。

もしかしたら先ほどのハナモモがあの少年を遣したのかもしれないな。

東京は 花の雨

雨は今だ止まず・・・

急に腹が空いた、いつもの店です。

(外出自粛で旅も出来ず、記憶を辿りながら
 旅の記録を整理でもいたしますかね・・・)