江戸の昔までは年に五日が公式に式日と決められておりましてね。
正月七日 人日の節句(七草の節句)
三月三日 上巳の節句(桃の節句)
五月五日 端午の節句(菖蒲の節句)
七月七日 七夕の節句(笹の節句)
九月九日 重陽の節句(菊の節句)
今も民間では祝い事として守られているのですが、中でも
九月九日 重陽の節句だけはほとんど守られなくなってしまったようですね。
その重陽の節句九月九日を祭りの日と定めている町があると聞いて
早速出かけてまいりました。
旧暦の九月九日とは新暦にすると十月にあたり、新暦の九月では
まだ残暑が残る季節、菊も咲いておらず、どうも季節感にギャップが
有り過ぎて庶民のあいだでは知らず知らずに消えてしまったのかも
しれませんね。
奥多摩の山並みがすぐ真近かに見える駅に降りると、不思議な色に染まった
夕焼けが出迎えてくれましてね。
「随分日が短くなったな」
毎日空を眺めるのが日課になっておりますと、敏感に感じるように
なるのですよ。
小さな駅に溢れるほどの人・人・人、
改札口を出るだけで長蛇の列、年に一度の祭りがいかにこの地に根付いて
いるかを伺わせますね、祭りを行う神社が何処にあるのかは聞くまでもなく
その人の流れについていくと自然に辿り着けましたよ。
鎮守の森は小高い丘の上、さかんにお囃子が聞こえてきます。
かなり急な五十段余の石段を上ると境内は人の波、聞けば、この石段を
宮神輿が上がってきて宮入が行われるとのこと、
しかしこの人波では神輿の渡御を真近かで見るのとは出来ないだろうと
境内で待つことにいたします。
参道の両側は露店が並び、空きっ腹に堪える匂いが漂っている、
中で目を引いたのは、葉しょうがを売る店、
「他の場所では見かけませんが、葉しょうがにはどんな意味があるのですか」
「昔から、この神社ではこの辺りで取れた葉しょうがを奉納する習慣
があるのですよ、何でも風邪をひかないとか、健康にいいとか・・・」
その葉しょうがには参拝記念 二宮生姜祭の真っ赤な札が
添えられている、
効き目があるようにと、大きい方をひとつ所望、
周りを見れば、皆さんその葉しょうがの束を抱えて神輿の宮入りを
今か今かと待ちわびているのです。
本殿では、まるで正月の初詣のように長蛇の列が続いています、
これでは参拝は出来そうもありません、
遠くから手を合わせる。
境内には芝居小屋が設えられている。
「何が始まるのですか」
「秋川歌舞伎が演じられるんですよ」
脇に葉しょうがを置いた人が応える、
「此処は東京ですよね」
「そうですよ東京です」
まだ昔の村芝居が残されていたんですね。
私が子供の頃は、祭りには芝居小屋や見世物小屋、お化け屋敷
なんてものが立ち並んでおりましたが、今はほとんど見かけなく
なりましたですよ。
前回お訪ねしてからもう五年の月日が過ぎていたんですね、
平日にもかかわらず相変わらずの人の波、辺りが薄暗くなり始めた頃、
文化十三年作小伝馬町三浦屋清吉作、台輪寸法3尺4寸の本社神輿は
氏子町内を一日かけて渡御したあと、鳥居下に到着しておりますよ。
本殿へ続く五十数段の階段を神輿が登っていくのをみんな固唾を呑んで
今か今かと待ちわびるのです。
年寄りには、この階段付近は危険すぎます、早々と境内に上がって
本殿に参拝、その本殿横で待つことにいたしました。
集まった群衆がぐるりを取り巻く中、あの腹に響くような太太鼓の
音がいよいよ神輿が階段を上ってくることを知らせます、
こちらからは階段の様子は見ることができませんが、
太鼓の音、歓声、焚かれるフラッシュの光などで、いよいよ神輿が
動き出したことを感じ取ることができるのです。
「来るよ!来るよ!」
みんなの眼が階段方向に注がれています。
大神輿の鳳凰がちらりと見えました、
「ウオーッ!」という地鳴りのような歓声の中へ
大神輿が飛び込んできました。
「おお、上がったぞ!」
先触れの大太鼓が打ち鳴らされていく、
芝居小屋の前で座っていた人々が一斉に立ち上がった、
背伸びして人の間から覗くと、あの急な石段を宮神輿が
登りきったのです、
みんなが見守る中で、神輿の最期のもみ合い、神輿が上下に
大きく熟れる、どうやら担ぎ手は一斉に腰を落とすところが
見せ場なのでしょうか、くずれるかとハッとすると神輿が再び
立ち上がる、一斉に拍手と歓声があがる、
紅潮した担ぎ手たちがもう抑えられなくなった気力を
ほとばしながら神輿を揉む、
右に左にまるで何者かの力に促されるように神輿が揺れる、
さらに差し上げられた神輿は一気に地すりへとまるで海の波のように
上下に揺れる度に、取り囲んだ群衆から歓声と拍手が湧きあがる、
「ああ、神の力だ!」
と感じることができた瞬間でした。
やがて神輿は本殿前に近づくと最後の神輿振りを見せてピタリと
動きが止まった。
ますます濃くなった暗闇の中で、
この場に立ち会えたことの意味をを誰もが感じ取っていた。
境内に 七つ締めの音が響き渡る、
「これが祀りなんですよ」
宮神輿の宮入りが無事納まった。
息を詰めていた人々から緊張が放たれると、芝居小屋の奉納歌舞伎の
幕が上がった。
子供歌舞伎の出し物は、
「白浪五人男」、
豪華な衣装で舞う「京の四季」
そして待ちに待っていて「歌舞伎 義経千本桜伏見稲荷鳥居前の場」
の始まりです。
姿に客席から声がかかる、
みんな心から楽しんでいるんです。
全てを見終わって、
駅への道をゆっくりと歩く、
杜の奥からお囃子が風に乗って聞こえてくる、
振り返ると夜空に上弦の月、
「いい祭りだったな」
手にはしっかりと葉しょうがを抱えておりましたよ。
(2019年9月記す)
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