十五夜に聴く祭囃子

最近十年間の中秋の名月をどこで見つめていたのか調べてみると

必ず旅先で空を見上げておりましてね、

雨で満月が見られなかったのは二回だけ、八回はきちんと

空に浮かんだ満月を見つめていたのです、

その内、三回は祭りの最中でした。

その年は中秋の名月を上州の伊香保神社の祭礼の中で

見ることができました。

それも、町のみなさんと、祭り囃子を聴きながらです、

昼間は半袖でちょうどいい気候に、さすがは山の温泉地だと

悦にいっておりましたのに、皆さんが集まってきた夕暮れ時には

深々と冷えてきましてね、じっと石段に座っていると

身体の体温が奪われていきそうですよ、

最初に集まってきたのは、お囃子担当のまつり囃子保存会ジュニアチーム 

それも幼稚園から中学生までの子供たち達でした。

きっとずいぶん稽古を積んできたのでしょうね、

まずは石段での記念写真です。

子供たちはもうすっかりその気になっていますよ。

写真屋さんの強力なフラッシュが焚かれると、

いよいよお囃子の始まりです。

なにしろ大勢の子供たちで一度にお囃子を奏でることが

できないのです。

「幼稚園生集まって!」

締め太鼓に小さな児たちがバチを握ります、

笛の合図で祭囃子が石段の町に響き始めます、

いやいや、どうして歯切れがいいじゃないですか、

それにみんな嬉しそうに太鼓を叩いている姿がいいですね、

「テンツク テンツク テンツクテン!」

やがて小若から中若へ大太鼓の響きが力強さを増し、女子の篠笛が

夜空に抜けていくと、鉦の音が

「チャンチキ チャンチキ!」

そのお囃子に惹きつけられるように、宿屋の浴衣を着たお客さんたちが

自然に集まってきました。

ああ、こんな優しい祭りのやり方があったのですね。

すっかり見物人で膨れ上がった石段での子供たちのお囃子は

40分間も続いたたのですよ。

再び笛の合図でピタリとお囃子が止むと、

若連の面々が酒樽を運んできました。

鏡割りの始まりです。

実行委員会会長の挨拶に続いて、若連会長の挨拶は

「祭支度ご苦労さん、いよいよ三日間の祭りが始まる

 いいか死ぬ気でやり通してくれ!!」

いいですね、迫力満点の挨拶に会場からはヤンヤの歓声と拍手とが

あがります。

市長さんを迎えて、一斉に鏡割りの小槌が下ろされると

祭りはいよいよ佳境を迎えます。

樽酒が銘々に振る舞われ、若連はますます勢いがつき始めました。

次々に運ばれてきたのは、昼間伊香保神社に奉納されていた樽神輿です、

若連の面々に守られた樽神輿は、頂上の伊香保神社目指して

石段を登っていくのです。

伊香保囃子保存会の本式の祭り囃子が打ち鳴らされる中、

勢い着いた樽神輿が石段を登り始めるのです。

さすがに、急な365段の石段を二度も往復してしまったアタシの脹脛は

もうパンパンに膨れ上がってこれ以上は無理だと悲鳴を上げておりますよ。

今宵は宵宮、二基の樽神輿は若連に囲まれながら急階段を

登っていきますよ。

石段に座ったままその姿を見送っていると、

14夜の月が煌々と山の端にあがってきました。

もう満月と変わらない大きな月です。

やっぱり、満月と祭りはよく似合いますね、

古人たちが満月の宵に祭りを始めたことは紛れもない事実に

違いないと想いを新たにした祭り旅の途中のことです。

それにしても、明日はあの本社神輿がこの石段をもみ合いながら

登っていく光景を想像しながら家路につくといたしますかね。

泊まらないのかですって、

伊香保温泉はね今は東京から日帰りできる温泉地になって

しまったのです、旅館やホテルは大変でしょうね。