品川宿を後にした頃は、すっかり江戸の風情を
身にまとってなにやら旅がらすになっちまった気分ですな、
さてとこれから武蔵国の総社大国魂神社へとまいりますよ、
えーと、澁谷村を抜け、内藤新宿で関所改めを受けなければ
ならないな、品川宿で楽しそうな仮装行列を見てきたとはいえ、
アタシは女装しておりませんので、まさか改め婆さんのねちっこい
検閲は受けないだろうが、そうだ通行手形は・・・
ちゃんとありますよ、ほら薄緑のスイカがね、
あれ、何時の間にか居眠りしちまったんですな、
電車の揺れは睡魔を誘うものですよ、新宿で京王線に乗り換えて
あっというまに府中駅に到着、
もう何度もお訪ねしている大国魂神社の今宵は秋季献灯祭、
参道の両側には銘々の奉納者が描いた雪洞に蝋燭の灯りが
心を穏やかにしてくれますな。
本殿で手を合わせ、栗祭りの様子を見て廻れど、栗を扱っていたのは
たったの二店のみ、
「茹でたての栗だよ」
と声を張り上げても、売り上げは芳しくないようですよ、
巷ではスーパーでも八百屋でも栗は何処でも買えるご時勢ですものね、
「夕闇に次々灯る栗まつり ひろし」
「蜻蛉より遠いあの日の君と僕 紫幹」
「栗まつりの夜宮に並ぶ行灯に
ほのかに浮かぶ亡き夫の書」
雪洞の文字を眺めながら、思わず胸ふさがる想いですよ。
なにしろ飲まず食わずでの祭り行脚ですのでお腹の虫が鳴きっぱなし、
大きなジャガバターを所望して貪り食っていると、遠くからお囃子の音が
響いてまいります。
お囃子の音に引き込まれるように欅並木にやってくると五台の山車が居並んで
府中囃子が始まったようです。
本町、東番場、けやき若連の山車は目黒流でしょうか
新宿、八幡町は船橋流、両方のお囃子を聴き比べるのもまた府中囃子の楽しみ方
なんです、そこへ子供たちが嬉々としてひょっとこやおかめの面を付けて踊る様が
なんとも愛らしいじゃないですか、
府中の御祭りはこの子供たちが率先して踊りだすのです、祭り囃子がいかに浸透して
いるかを見せてくれるのです。
お囃子の太鼓も笛も、そして踊りも子供たちだけでやれるなんてなんて素晴らしい町
なんでしょうかね、アタシが何度も府中を訪ねてしまうのは、この子供たちの身体中で
表現している姿に惹き付けられているからなんです。
印旛に合わせて小童が踊っています、顔は面で隠れていてもニコニコ笑顔が見えるよう
じゃないですか、
お囃子が鎌倉に変わると、獅子舞が身体をくねらせる、
小童たちは踊りを止めようとしない、御姐さんが耳元で交代を告げると、次の少女が
面白可笑しく踊りだす、ああ、あの子たちはみんな神の子なんですね。
いつ果てるとも無くお囃子が鳴り響いている、
ふと、夜空を見上げるとまん丸の月、
そうだ、今宵は十五夜、中秋の名月でしたね、
毎年眺めている十五夜の月を、今年は祭りの中で見上げています。
月のウサギも踊っているように見えましたよ・・・
H27.9月、武蔵国 大国魂神社 栗まつりの宵にて
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