境内の静謐な雰囲気の中で行われた奉納里神楽を
見終わったところで、宵闇があたりを覆い始めました。
「そろそろお腹も空いてきたし、腹ごしらえでもするかな」
何しろアタシの旅はいつでもぶっつけ本番下調べないし というのが
やり方でしてね、旅は事前に予備知識を仕入れて出かけると
何でも判った気になって真剣に物事を見なくなるものなんですよ、
なにしろこっちの頭の中はいつも空っぽですから、判らないことばかり
すれ違った人を呼び止めてお尋ねするわけで、するとエモイワレヌお話が
聞けたりするわけで、それではそこへ行ってみますか と旅がどんどん広がる
というわけで、気がついたらとんでもない町に佇んでいた なんてことは
日常茶飯なんでございますよ。
夜目にも美しく輝き出した行灯をゆっくりと見ながら境内を出ると、
向こうから祭り法被をきりっと羽織り、手には灯りの点った提灯のオヤジさん、
まるで絵に描いたような偶然を見逃す手はございませんでしょ、
「あの、何か始まるのですか」
「これから山車が沢山出てくるよ、折角来たのなら見て損はないよ」
時間と場所を教えていただくと、30分後にケヤキ並木の下だと・・・
こりゃ、早いとこ腹ごしらえしとかないと最期まで身が持ちそうもない
ってんで慌てて飛び込んだのは何処にでもある 牛丼屋さん、
味より時間が惜しい者には、なるほどぴったりでしたよ、
20分で食事終了、こういう時は下戸はいいでしょ、呑兵衛さんじゃ長尻で
気がついたら祭りは終わっていた,
なんてことは下戸にはありませんからね。
先ほどまで車が走り廻っていたケヤキ並木通りは、
あの法被姿のオヤジさん達が
車両通行止のために手際よく誘導開始、
「山車はどっちから来るんですかね」
「神社の方からまもなくやってくるよ」
小気味のいいお囃子の音が聞こえてくると、提灯の飾られた山車が次々に
やってきます、一、二、三、四・・・・
何と十二台の山車が勢ぞろい、
この山車を曳く祭りかと思っていたら、全て所定の位置に留められ、
お囃子の競演が始まったのです。
本町、八幡町、番場町、矢崎町、新成町、東馬場に西馬場、寿町・・・
なんだかみんな昔の町の名前らしい、
お囃子は「府中囃子」、
大太鼓1、締太鼓2、笛、鉦の葛西囃子の流れをくむ祭り囃子らしい、
鉦の代わりに、小さな拍子木を叩く町内もあったりして中々気持ちのいい
お囃子が十二も集まったのですから、そりゃ町中が祭り一色に変わるのに
そう時間はかかりませんでしたよ。
見物人が続々と山車の周りに集まってきます、
山車は止まったままですから、見物人の方がお気に入りの山車の前に
集まるわけで、山車が舞台に早代わりしたようなもの、
その舞台で舞うのは全てが子供達なんです、
きっと随分稽古を積んできたのでしょうね、
ひょっとこ、猿、おかめ、きつね、夫々に合った所作を面白おかしく
舞い上げるのですよ、その動きそのものに喜びの心が溢れていて
それが見る人たちに伝わってくるのです、
あっちでも、こっちでも拍手と歓声があがるのです。
なんと優しい祭りでしょうか、
子供達を表舞台に登場させ、大人たちは裏方に徹しているんです。
祭りは人を育てるにこれ以上いい舞台はないわけでしてね、
しかし、それを実際に実行することは中々難しいことなんですよ、
おじさん達がニコニコ笑顔で見守っている舞台では、お囃子に合わせて
子供達が舞い続けている、小童はまさに神の童なのだという想いが
これほどきちんと形にしている祭りはそう滅多に出会えるわけでは
ありませんですよ。
山車の表舞台では何時果てることも無いお囃子が刻み続けられ、
小童たちの舞が続いている、
裏に廻ってみると、そこは楽屋、次々と出番を待つ男の子、女の子が
華やかな衣装を着て、お面を付け始めています。
肩をポンと叩かれた小童は幕を開けると表舞台へと出ていった。
拍手と歓声が上がっている。
この町は、みんなで子供達を育てているのですね。
思いもかけぬ美しく、優しく、楽しい祭りに出会えた祭り旅の途中です。
ねっ!、旅は出かけてみないと判らないことがあるでしょ・・・
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