一年で一番寒い寒の入りを迎えると
必ず出かける岬があります、
その岬を私は「夕焼け岬」と勝手に呼んでいるほど
美しい夕陽が見られるのです、目の前が広大な太平洋で
70mほどの崖の上の灯台の横がその指定席なのです。
澄んだ夕空を眺めるにはこれ以上相応しい地形は
そう滅多にお目にかかれない場所なのです、
何しろ寒風をまともに受けながらこの場所に佇むには
相当の覚悟がいるのでして、何も寒中にわざわざ来なくても
とは思うのですが、あの素晴らしい夕陽を一度目にしてしまうと
「寒の入りです」
とラジオから流れるアナウンサーの声に
敏感に反応してしまうのです、
「あの岬へ行こう!」と。
そんな旅をもう十年も続けているのです、
年が明けて、まもなく12年になるのですね、
あの激震が襲った大震災、そして太平洋側に襲い掛かった
大津波、日本の港を訪ね歩いてきた私には
それは悪夢としか想えなかったのです。
岩手、宮城、福島の惨状はニュースにならなかった日は
ないほど繰り返し伝えられました、しかし、ぐるりを海に囲まれた
この国では、岩手、宮城、福島だけではなく、茨城の海にも、
千葉の海にも津波はやってきたのです。
あの大津波が襲い掛かった年の暮れこの岬を訪ねました、
そこで老漁師から聞いた話は衝撃でした、
大津波警報が流される中、海岸線に住む人々はこの岬へ
避難してきたのです、
海の中に現れた一直線の壁は防波堤を簡単に乗り越え、
海沿いに並んでいた家々に襲い掛かったのです、
港に係留されていた船、自動車、家の中の家財道具
そして尊い人の命の全てを海に曳きづり込んでしまった。
目の前にその海が広がっています、
もう夕陽を見るだけのためにこの岬を訪ねることは
できなくなりました、
寒風に晒されながらいつもの灯台の横に佇んでいます、
それはそって祈るために・・・
それでも空と海は変わらぬ美しさで夕暮れを待っています
ああ、自然とはなんと気高いのでしょうか、
あの悲しみさえも包み込んでしまう大きさで
絶え間の無い平常へと導いていく・・・
空と海が重なっていく
人はこの自然の中でしか生きられないことを
無言の説得力で知らせているのだろうか、
「ドドーン ドドーン!」
何度も何度も寄せ来る波の音
また明日になれば、漁師達はこの波を蹴立てて海に出て行く、
それが海に生きる者たちの生ききる力を抉り出して
いくのでしょう、
同じことの繰り返しこそが、生きることの証しなのだと
感じていた旅の途中のこと。
飯岡 刑部岬にて
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